第8話 


 手早く洗い物を済ませてリビングに戻ると、如月が丸テーブルに参考書を広げて勉強に励んでいた。

 実家暮らしの頃から愛用しているデジタル時計を見やれば午前10時半。昼飯までまだ2時間くらい勉強できそうだな。


「んー…………」


 声をかけようか迷ったが、集中を乱すのも悪いので区切りがいいところまで静観しようと、黙ってベッドに腰を下ろす。

 

 今如月がやっているのは数学。解いてる問題の種類は図形なので数Aだろうか。大きな円の中に五角形が描かれており、問題文の下には辺の長さや、各辺の比率が条件付けられている。

 このタイプの問題は題問1つで小問が3つほどあり、前問の答えを使わなければ次の問題が解けない仕組みなっている奴が多い。

 如月は3問ある内の1問目を難なく2問目を少し時間をかけ、3問目で行き詰まり……1度2問目に戻る。計算が間違っていたようで、改に出た2問目の解を利用して3問目を説くことができた。

 

 問題を解き終えた彼女は、さながら水中に潜っていたダイバーが酸素を求めるように、天井を仰ぐ。そのまま後ろに倒れんばかりに仰け反り、床に背中をつける前に両の掌を突いた。


「ふぅー」

「手応えの方はどうだ?」

「んー……図形の問題苦手だからちょっとわかんないです。ぶっちゃけると答えが綺麗な数字になっただけなので、正解してる合ってるかはわかんないですね」

「採点するから少し休憩しとけ」

「あ、ありがとうございます」


 如月から問題集の答えとノート、それとマーカーを拝借して俺は採点作業を始める。

 昨日は結局、如月の荷解きで何もできなかったから、勉強を見てやるとは言ったもの俺は彼女の現状を何も知らない。果たして彼女の学力はどれほどのものなのか……。


「受験で数学使うのか?」

「はい、第1志望で……といっても今のところ滑り止めの大学は決めてないんですけど数ⅠAを。あと現代文と英語も必要なんです」

「へぇ……」


 丸、丸、バツっと――――。

 生返事をしながら順に丸罰を点けていく。最初は計算問題、文章、確率……最後に図形。本番形式の満遍なく色んな種類の問題が1セットとしてまとめられている問題集のようだ。

 

「現文と英語の調子はどうなんだ?」

「現文は程々に自信ありですっ。英語の方は…………エヘヘ」

「可愛く笑っても点数は伸びないぞー」

「なんか先輩が可愛いなんていうと事案臭がしますね」

「どういう意味だ、おい」


 男だったらぶっ飛ばしてるところだぞ。


「ほいっ、採点終了。54点……か。既に5割取れてることを喜ぶべきか、5割しか取れてないと考えるべきか」


 英語が不安要素というならば、もう少し稼げる余地のある数学は頑張って欲しいところだ。

 学校の先生よろしく大きく点数を書いて如月に返すと、いつも愛らしい表情を振りまいている後輩の顔が、苦虫を嚙み潰したように歪む。


「うわぁ……ひっく……。センパイにコレ見られるのかなり屈辱……」

「ねぇ、さっきから地味に俺のことディスってない?」

「別にセンパイのことディスってるつもりはないですよ。わたしのブランディング的に、おバカだと思われるのが許せないだけで」


 と、軽い口調で強く言い切る如月。

 他者からどう見られるかを気にする奴なのは知ってたが、その性格は健在のようである。


「意外だな。お前なら“女子はちょっとくらいおバカな方が、可愛く思われるんですぅ”とか言うと思ってたが」

「センパイ知らないんですか? 女子のいうおバカは“天然”であって“勉強できない子”って意味なんです。あと、なんですか今の裏声。私の真似したつもりなら気持ち悪いので2度とやらないで下さい。名誉棄損で訴えますよ」

「強い強い……言葉強すぎて泣いちゃうから。自分では結構似てるつもりだったんだが――――あぁ……わかったから、そのゴミを見るような目止めてくれ」


 冷たいとかそんなモノじゃない。音頭を感じさせない軽蔑の視線に耐え切れず平謝り。

 居心地の悪さに俺はすぐさま、話題の転換を図る。


「ところでまだ聞いてなかったんだが……如月の第1志望ってどこなんだ?」


 国立……ではさすがにない。国立は5、6教科必要だったはずだし、そもそも現時点で数学の内容絞った上で50点取るのがやっとなら難しいにもほどがある。

 私立、あるいは公立、はたまた専門学校と考えるのが妥当だろう。


「そういえばまだ言ってませんでしたね」


 と思い出したかのように言った如月は、俺に背を向けてバッグの中を探る。フリフリと揺れるポニーテールを眺めること数秒。彼女が出してきたのは、見覚えのあるキャンパスが表紙となった冊子だった。


「じゃーん。ここ目指してます!」

「へぇ……って俺の通ってる大学ウチじゃん」


 そりゃ見覚えあるわ。

 土地があり余ってる田舎特有の、横に広くレンガ調が特徴的な厳かな雰囲気を醸し出したソレは、紛れもなく俺がこの春から通っているキャンパスであった。


「え、お前ウチ受けるの?」

「そのつもりですっ。キャンパス綺麗ですしぃ、家から通える範囲だしぃ……ほどほどのランクの大学なんで丁度良いですよね」

「志望動機に……学部の多さとか、設備の充実性に惹かれたとかじゃないのかよ……」


 ただ如月の答えで幾許いくばくか得心いった俺がいる。

 なんか採点した問題範囲に見覚えがあったのと、なにより

 

 何故――――如月の受験勉強を教える相手として、俺に白羽の矢が立ったのか。


 妹の久留美と如月の仲が良いというだけでは到底納得できなかったが、先の問答でそのつっかえが取れた。

 そりゃ志望してる大学に現役で通ってる知り合いがいるなら頼るわな。


 それと同時に俺の中で、これから彼女の勉強を見るための計画が積み上がっていく。

 俺の受験勉強のノウハウ……といっても特別なことはしてないが……。ソレらを参考に彼女には受験勉強に励んでもらえれば、たしかに塾や予備校に行かず1人で勉強に打ち込むよりは効率が良いかもしれない。


「センパイ」


 とても澄んだ声音で一言呟かれる。

 如月澪は聡い後輩だ。

 こと他人の心の機微を読む力は頭抜けている。今しがたの会話で俺が真に、彼女が俺なんかを頼って来た理由に合点がいったことを察しただろう。

 天然ものであろう長いまつ毛が特徴的な双眸には、真摯な光が宿り、まっすぐに逸らされることなく俺へと視線を注いでいた。

 

「無理を言ってるのはわかってます。でもお願いします。――――私の受験勉強に付き合って下さい」


 いつもの如月なら、お得意の猫撫で声で頼んできただろう。可愛くあざとく、さかしく計算され尽くした可愛さで。

 きっとその頼み方でも俺は了承していたと思う。


 けど。 

 だからこそ。

 そんな彼女が己の強みを捨てて真摯な言葉と姿勢で頼んできた、ことに如月の真剣度合いが伝わって来た。

 それを無碍にするのは男でも……なんなら人ですらないんじゃなかろうか。


 故に俺はポンッと、小さい頃に久留美にやるように彼女の頭に片手を乗せて答えた。


「わかった。俺なんかで良いなら付き合ってやる」

「センパイ……」


 すると彼女は頬を赤らめ、小さく口角を上げて一言。言の葉を紡ぐ。


「女の子の頭を勝手に撫でるのはちょっと……」

「ええぇ……」


 なんとも締まらない締め方で、俺はようやく彼女の受験勉強を手助けすることを心に決めた。

 


【あとがき】


 拙作をお読み頂きありがとうございます。

 面白そう、続きを読んでみたいと思って頂ければ評価応援、感想など頂ければ幸いです。(☆1つでも是非……)

 非常に励みになります!


 現在、本作はカクヨムコン11に参加中。よろしければ評価のほどして頂ければ、狂喜乱舞します。

 明日は19時40分ごろに投稿予定です!

 

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