厨二おばちゃん異世界を往く

茜屋玲斗

第1話 「かき氷と爆発と、異世界へ」

 うだるような7月の暑さの中、久し振りに仕事終わりにいつもの店で新作のかき氷を食べようと、田ノ中文代たのなかふみよ53歳は地元駅前のカフェへ向かっていた。地方都市ではあるが特急も止まるしまあまあ利便性は有るからそれなりに駅前は発展している。しかし逆を返せばパッとしない程々の田舎であり、この地域で生まれ育った文代もほどほどの田舎民なのであった。


 そんな事件事故など滅多に起きない田舎の駅前で田ノ中文代は地方ニュースに流れるほどの大事故に巻き込まれたのであった。


 お気に入りの骨董カフェは、渋い雰囲気の歴女御用達の店である。月替わりで展示される骨董品はもちろん購入出来るが(当然高い)目の保養に最適で、そして夏限定のかき氷は胃袋と日々のストレスを昇華させてくれる美味なるものであった。目と胃袋の保養が出来るこの店に週一で通うのが最近の文代の楽しみであった。


「はぁ、美味うまし・・・この金属容器がまたイイのよねぇ。これぞ『あてなるもの』ってね」


 枕草子の一節を思い浮かべながら至上の幸せに浸っていた、その時だった。


 ドガーン!!という何かがぶつかる音、ぐしゃっという何かがひしゃげる不快な音、バリバリとガラスが割れる音と共に店内に複数の悲鳴が上がり、文代も激しい衝撃を受けた。


 ──!!!?


 視界にはトラックらしき物が一瞬みえたが、状況を理解する間も無く、文代は次の衝撃によって身体が宙に舞い、吹き飛ばされた。


 ──熱い!!息が──


 空白の、または漆黒の時が流れた。一瞬の事だったのかもしれない。文代は少しづつ意識を取り戻した。


 焼けつくような閃光を見た所までは覚えている。そして今はどこかに倒れている。体の感覚は有る、動けそうだ。痛みも無い。一瞬感じた熱さも息苦しさも無い。目を開けるのは怖かったが、自然に目が開いてしまった。


 ──あ、死んだわ。


 目の前には、──真っ青な空と、どこまでも続く草原。 しばらく言葉が出てこなかった。周囲には建物の影も、駅前の喧騒も、炎上したはずのカフェも見当たらない。あるのは、風にそよぐ草と、小さな白い花。遠くには山のようなものが見え、鳥が輪を描いて飛んでいる。


「──あれか、あの世の入り口的なやつ?三途の川の向こうから死んだじいちゃんばあちゃんが手を振って──」


 何気なく手を見る。年季の入った消毒で手荒れの絶えない指が、そこには、無かった。


「え、なにこれ綺麗な手ぇ!!」


 指は長く、白魚のような手タレのような手指が目の前に有った。そのまま視線を移動させ、腕、胸、と下へ視線を送る。服は自前のミセス服では無くなっていた。ローブ、多分ローブ。どこかで見たような布のローブに変わっていた。


「ちょっと待って、地味な魔法職みたいな服なんだけど??」


 立ち上がって、改めて見える範囲で来ている服や自分の体を確かめる。


「え、ちょ待てよ。胸が無い!!」


 ローブの胸倉を自分で引っ張って中身を見ると、薄い胸板が有った。

 第二次成長期が始まる前のような、


「垂れる胸も腹も無くなっとるがな!!!(腹は嬉しいけど!)」


 そして、無意識に髪を触る。文代はショートヘアである。歳をとると洗髪も面倒臭くなる。シャンプー代やら節約も兼ねて50歳の誕生日にバッサリと切ったのだ。


「髪も伸びとる・・・白髪も増えとる・・・って、白髪じゃないわこれ」


 先端は絹のような光沢のある白い髪だが、腰の辺りまでは赤に近い茶色だった。染めたりしてなければ自然にはこんな風にはならないだろう。


「人は死ぬと二十歳になると聞いた事は有るけど、私の二十歳はこんなんじゃなかったぞ」


 鏡が無いので顔はどんな風になって居るのか分からない、でも明らかに変わってると想像できた。


「もし、あの世でも、夢でもないのなら──」


 少し落ち着いて思考能力も戻って来た。考えたくはないが、知り合いに言ったらめちゃくちゃ恥ずかしい話だが、


「異世界」


 と言って思考を打ち消すように左手で頭を掻く。


「いやいやいや、それは無いだろうさすがに──早くじいちゃんばあちゃんご先祖様達迎えに来てくださいお願いしますぅ!!」


 このまま草原で迷子とか嫌ですよと手を組んで祈った。


 その時。ふいに背後で音がした。


「おーい、あんた何しとんじゃ??こんな所に突っ立ってたら日が暮れちまうぞ」


 声の主は荷車を引いたヘミングウェイみたいな老人 だった。


 ──知らん爺さんだった。


「あ、あの、すみません」


 文代は取り敢えず日本人的な挨拶で老人に返答する。老人は上から下まで文代を見定める様な視線を送った後、


「なんだ、見た所身ぐるみ剥されたんか?」


 と呆れたように言った。


「あ、ある意味そうですね・・・」


「この辺は薬草が豊富だが、それを摘みに来る者を狙う野盗も居るから護衛を付けるのは普通なんじゃが」


「はぁ、無知な物で・・・暫く気絶してて気が付いたら此処に居たって感じで・・・はい」


「おいおい、大丈夫かあんた」


 老人は心底呆れた顔をしたが、溜息をついて言った。


「このまま放っておいて今度は魔物に喰われるのも寝覚めが悪い、ついてこい、わしの村まで案内する」


 そう言って老人は荷車を引いて踵を返すと歩き出した。どうやら向こうに道が有るらしい。


「あ、あの、すみません、よろしくお願いします」


 文代は取り敢えず老人について行くことにした。老人は右手を軽く振って、いいよというゼスチャーをした。


「あんた、名前は?」


 老人はぶっきらぼうに言う。文代は一瞬詰まったが、ここで本名を明かすのは不味いかもしれないという防衛本能が働いた。


「あ、えー、ふ、フィーミオ・・・です」

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