異世界スローライフ〜ポンコツ令嬢、辺境の地で理想の村を築く〜

猫又

転生と辺境の村

第1話:ゲームと異世界転生

 都内某所のある一室。最低限の明かりと人気のない部屋の中、一人きりでの残業作業。PCの前で誰も居ないことをいいことに胡座をかいて、無数の数字とアイコンの並びを確認しつつも愚痴が口をついて出る。


「くっそ……今日も徹夜で修正かよ……」


 小鳥遊優花、29歳。都内のIT企業で働く、しがないエンジニアだ。いや、正確には“社畜”と呼ぶ方が適切だろう。朝から晩までPCにかじりつき、たまに休憩が取れてもコンビニ飯をかき込むだけ。

 女子力は日々の業務にすり減り、かつては好きだった料理すらままならない。

 そんな過酷な日々の中で、優花唯一の心の安らぎとなっていたのが、携帯ゲーム「エデンの村」だった。


「エデンの村」は、荒野に小さな村を開き、資源を集め、建物を建て、住民を増やし、理想の楽園を築き上げていく箱庭シミュレーションゲームだ。美しいグラフィック、豊富なやり込み要素、そして何より、優花がどれだけ手をかけても裏切らない「村人たち」の存在が、疲弊した心を満たしてくれた。


 特に優花が熱中していたのは、隠し要素の発見だ。地道な研究と膨大な時間を使って、誰も知らない隠し施設や裏技を見つけ出す。大抵はジョークのようなちょっとしたものだったが、極稀にかなり有利になる施設などもあって、それのお陰で全プレイヤーでランク付けされている、村の発展度ランキング上位に載ったりもした。まあ、大抵、すぐに条件が浸透して他プレイヤーに追い抜かされてしまうのだが。


 今日も今日とて、優花はデスクで突っ伏していた。目の前のディスプレイにはエラーコードがずらりと並んでいるが、頭の中は次のアップデートで実装される新種の作物の育成方法でいっぱいだ。


「この麦は、水やりを三日に一度、肥料は収穫の一週間前に……」


 脳内で完璧な育成シミュレーションを終え、ふと顔を上げると、周囲の景色が滲んでいくのが見えた。視界が白く霞み、耳鳴りがキーンと響く。


「あれ……?なんか、変……」


 自らの異変に気づいたときにはもう遅く、やばいと思った時には意識がプツリと途切れていた。







 次に目を開けた時、そこは見慣れたオフィスではなかった。自分が横たわっていることに気づいてゆっくりと起き上がる。鼻をくすぐるのは、土と草の匂い。肌を撫でるのは、ひんやりとした風。


 そこは、見渡す限りの森の中だった。陽光が木々の隙間から降り注ぎ、鳥のさえずりが耳に心地よい。まるで絵画のような、いや、どこか見覚えるのある景色は、直前まで考えていたゲーム「エデンの村」にそっくりだ。


「え、なにここ……? ロケ地……?」


 映画化の話なんてあったっけと混乱する私の目の前に、突然、半透明のパネルが現れた。


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ロゼリア・フォン・グランツ


 役職: グランツ領・「----」(建設中)領主

 年齢: 20歳

 体力: 30/100

 気力: 25/100


スキル:

 村長の才: LV.1 (未熟)

 生活知識: LV.3 (見習い)

 カリスマ: LV.0 (才能なし)

 所持品: ぼろぼろのワンピース、古びた地図、錆びたナイフ


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 さらに、画面の隅には、見覚えのあるロゴが小さく表示されている。


「は……? これ、私がやってたゲームの、システム画面……?」


 信じられない状況に、これが現実であるのか確かめようと半透明のパネルへ手を伸ばす。

 そこで見えた自身の指は、むくみもシワもないスラッとしたもので、肌の透明感と手入れされた爪がついぞ見慣れた自分のものではない。そして、何より細くしなやかな腕。慌てて立ち上がり、近くの水たまりを覗き込む。そこに映っていたのは、栗色の髪をポニーテールにまとめ、蜂蜜色の瞳を持つ、自分ではない少女の顔だった。


「ロゼリア・フォン・グランツ……誰……って、もしかして、あの!?」


 脳内から必死で絞り出した心当たりは、「エデンの村」の協力NPCでもある、貴族令嬢ロゼリア・フォン・グランツだった。余り使わなかったのでおぼろげだが、確かに水たまりに映る見た目はロゼリアのものだ。


「は? ゲーム転生? 夢? 疲れすぎて脳内イカれたか?」


 巷で流行りのいくつかの小説が脳内を巡る。とりあえず落ち着いて、もっとロゼリアの情報を思い出そうとしたが、すぐさま頭を抱える羽目になった。


 そう。そうだ。なぜ私がロゼリアを使っていなかったかって、こいつはあの悪名高い「ポンコツ令嬢」だった。

 もう一度ステータスを確認するも、そこには間違いなく「カリスマ:LV.0 (才能なし)」という表示が。


「よりにもよってポンコツ令嬢!? しかも役職が領主って……!?」


 ゲームチャット内でも「顔は可愛いのに能力は可愛くない」「鳥のほうが有意義」なんて評判で、ある種のいじられキャラだった。依頼は失敗する、融資を頼めば逆にお金を持っていかれる、作物の世話だって品質が下がるし、かといって管理職につけても彼女の貴族としてのランクは没落貴族だ。外交だって交渉相手の有利な状況をさらに有利にさせて自分の村に損害が出るといったもので、特に性格が悪いわけでもないのに住人ガチャで来た場合にはリセマラ必死のハズレ枠。

 たしか彼女が住人として訪れる場合は、任された村が壊滅して行くところがなくなったって設定だったか……。


「ど、どうせならもっと、伯爵夫人のセシリアとか遊撃隊のローザとか、いやいやそこまでは高望みだったとしてもノーマル村人の一人とかのほうが……っ」


 絶望的な状況。

 しかも役職が領主だ。多分、ここが「エデンの村」だとして、プレイヤーが知る前の彼女。


(そのロゼリアが、今の私なんだ。信じられないけど)


 周りを見渡す。

 目の前には、薄汚れた道と、その先にうっすらと見える朽ちかけた小屋の集落。

 お世辞にも繁栄しているとは言えない雰囲気に、ゲームで幾度となく経験した「初期スポーン」の記憶がよぎった。荒野から村を築き上げる。それこそが、「エデンの村」の醍醐味だったはずだ。


「よし……わかった。いやわかんないけど、取り敢えず寝る場所と食事! 」


 優花――いや、ロゼリアは、固く拳を握りしめる。


「ここがエデンの村なら、この世界で、私の理想の村を築いてやろうじゃないの!」


 ここが、彼女の新たな「エデンの村」。

 ポンコツ令嬢、辺境の地で理想の村を築く物語が、今、始まる。

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