第14話
アレックス兄さんの手紙の件だけど、彼は忘れず僕に送ってくれた。
前にアースコット教授から受け取ったエルマリカさんの僕宛の手紙がそうだ。
書いている内容は以下の通りだ。僕宛に直接送ればバレるかもしれないと思ったアレックス兄さんが、逃亡先でばったり会ったエルマリカさんに相談したところ、アースコット教授を通して届けることを提案されたという。
これは確かにアレックス兄さんが正しい。僕は通運の手伝いで忙しく、ゼクラット書店にいないから、店番のマイケルに手紙を読まれたら最悪だ。
すぐにバレる。当然マイケルが言い触らすに決まっているから。
それと、アレックス兄さんはすでにこの国を出て、ワグダラ王国のどこか海辺の町で暮らしているという。
新鮮な魚は毎日食べても飽きないから太ってきたかもしれないとかどうでもいい。
せめて、どんな料理があって、その味はどうなのかくらいは書いて欲しい。
あと、ライフアリー通運の切迫した状況への謝罪と、放置書類が大量にあったことを知らなかったという弁解も書いてあった。
……知らなかったはないだろ。
何で知らないのか理由は書いてなかったけど、アレックス兄さんが商会の現状を又聞きした内容では、彼が思っていたよりもてんやわんやな状況になっている事に戸惑っているらしい。
それらをつらつらと書いて、最後に今はエルマリカさんと暮らしている。
と、アレックス兄さんは当分帰ってこないと僕に知らせてくれた。
手紙を書いたのはゼクラット書店で彼と話した日から十日後だから、今は四十日以上経っている。
ちなみに、この手紙を読んだ僕の感想は、は? だ。
エルマリカさんの事についても、最近思い出したけど、アレックス兄さんが見合いする予定だった人だ。
その人が、アレックス兄さんと暮らしているって、見合いは飛ばすけど彼女とは暮らしますって事? 意味わかんない。
『返信したかったらアースコット教授に渡しなさい』と、別の紙に違う字で書かれていた。間違いなくエルマリカさんだろう。
返信したかったらと書かれても、だ。
こんな手紙で長文の感想なんて書けないし、手紙を読んですぐは、言葉すら出なかった。
返事を書き上げるのに、思っていたより時間がかかった。仕方ない。手伝いもして講義も受けて、書店に戻ったら売上確認が待っている日が続いていたのだから。
それでも、ようやくアレックス兄さんの手紙の返事が出来た。
それに、今日は一年に三度くらいある通運の事務所が施錠されている休みの日。
運が良い。僕も一日中、自由な日だ。
本来の仕事である書店の店番だが、当のゼクラット書店には閑古鳥が鳴き始め、一年以上前の雰囲気に戻っている。
新作の本もないから当たり前である。
そんな通常営業の日こそ、マイケル一人で店番をさせて僕は学園に足を運んだ。
「それで? 私に手紙を送れと?」
「お願いしますよー。アースコット大教授さまー」
向かいの椅子に腰深く座り込んで、鬱陶しそうな顔をするアースコット教授にエルマリカさん宛の手紙を渡す。
一緒に暮らしている二人だから、アレックス兄さん宛より彼女宛の方が良いかと考えた。ダメなら僕が怒られるだけだ。別にいい。
「大教授なんて肩書きはないけど?」
「言葉の綾と言いますか、大尊敬しているんですからそう言ってしまいました」
言葉の綾だ。取り繕う時はそういった方が良いとゼクラットおじいさんも言っていたから間違いない。
別にたいして尊敬もしていないし。こんなものでいい。
僕が渡した手紙を汚いものでも見るかのように表裏と見るアースコット教授は、仕方ないと言わんばかりにため息をついて懐にしまった。
「七面倒くさい事をしてくれるものだね。君たちきょうだいは」
「きょうだいって、エリー姉さんのことも言ってます?」
「そうだよ。二人して似ているよねってこと」
心外だ。エリー姉さんと似ているなんて、魔獣と似ていると言っているものだぞ?
そういうことを時々話してくるから尊敬できないんだ。
「ちなみにですけど、何でです?」
「言ってても良いのかい?」
さっきまでの鬱陶しそうな顔はどこにいったのか。アースコット教授は楽しそうに僕を見る。
せっかくの休日に疲れる話を聞かされるのはごめんだけど、少しばかり興味はあった。
考えてから、僕の返事を待っている彼に頷く。
「簡単だよ。二人とも何か大事なこと隠してるでしょ?」
アースコット教授は得意げな表情で僕を見る。
「私くらいなら、おおよそ察しはつくけどね。エリザベスさんの事はまだしも、君は……」
そう言って、途中で黙る彼は得意げな表情から気まずそうに下を向いた。
そんなに言いにくいことなの? 僕とエリー姉さんの共通点って。気になるんですけど。
「何で黙るんです?」
「いや、分かっているのなら良いけど、雁字搦めにならないようにね」
分かってないんだけど? というかアースコット教授は何を察しているのか。逆に聞いてみたい。なにか、もう良いかみたいな感じで話を終わらせようとしていないか?
「手紙はちゃんと、姉さんに渡しておくから」
「……お願いします」
手紙を渡すと言われたら、僕はお願いします。しか言えない。
聞きたいことはたくさんあるけど、至急でもない。次会った時にちゃんと聞けばいいや。
「今日は講義ないの?」
「ないですよ。今日はこのために来たので」
「そっか」
本当に手紙を渡すためだけに来ただけだ。
今日の用事も、これで終わり。
「では、帰ります」
「手紙が帰ってきたら知らせるよ」
彼の言葉に「ありがとうございます」と返して椅子から立ち上がる。
部屋から出ると、講義終わりの学生が廊下をゆっくり歩いていた。
後ろ姿しか見てないが、あんな暗い雰囲気を醸し出すのは一人だけ。
「ちゃんと講義受けてるんだ、あいつ」
最近、ディオネと会ってすらいなかったことを思い出した。廊下を歩く彼女の後ろ姿は、以前よりも小さく見える。
今度の休みはディオネに、原稿の件はどうなっているのか聞かないといけないな。
でも、学園で話を聞くのは止めておこう。本当に彼女の雰囲気が近寄りがたいから。
* * *
学園でディオネを見かけて、話し掛けずにそのままゼクラット書店に戻った。
特段の用事はアースコット教授に手紙を渡したことで今日は終わりだ。
だからこれから寝るまでは、朝からずっと閑古鳥が鳴いている書店の店番で暇を潰せば良かったが。そうはいかないみたいだった。
「ファビオ君。話聞いてる?」
マイケルが、下を向いて休暇願いの紙を見る僕を覗くように、休憩室の机に顔を近づける。
なんだ、その期待している顔は。それにこんな紙を今見せられても――。
「聞いてますよ。色々御託並べて話してますけど、旅行したいからまとまった休みが欲しいって事でしょ?」
「御託って……確かにそうだけどさ、いいかな?」
なにがいいかな? だ。キラキラした目で見てきやがって。
僕にそんな権限はないのに、聞いてくる辺りがマイケルらしくていやらしい。
それに、彼のくだらない御託を聞いていたら、一昨日の昼間に通運で送迎馬車の予約をしたと言うのだ。
その時間は店番中だろ?
「カーラさんの許可は取ってないですよね?」
「そ、それはこれから取るんだよ。そんな近々の話でもないからね」
「取れると思ってます? 皆して忙しいんですよ?」
「それとこれは違うかなってさ、いいだろ? いい馬車に乗れるまたとない機会なんだし」
……僕が夜中に決裁書類を確認していても、送迎馬車の予約が多いこと。
アレックス兄さん宛の手紙にも書いたけど、送迎馬車の割引券なんて軽はずみに配るな。マイケルみたいな人が多いから。
一昨日の書類だな。少しばかり決裁が遅れているから確認出来なかったけど、明日すぐに確認してやるから。不備が会ったら却下してやる。
「それで、ファビオ君はどうなんだい?」
「却下です。僕は」
「……そう言うと思ってた」
「だったら、言わないでください」
ただでさえ通運の決裁が間に合ってないんだ。最高に忙しいのにも関わらず、マイケルの空気感だけ違う。
いつも通りののんびりさが、今は僕に苛立ちを募らせてくる。
「そんな、機嫌悪くする事言った? 言ったんならごめんね」
「一点だけ言わせもらってもいいです?」
マイケルが僕の機嫌を察したようで、先に謝ってくる。
こう言った所も苛立つが、何よりも確認しないといけないことがある。
「一昨日、通運に来てたようですけど。店番は?」
「それは……ちゃんと閉めてから来たよ。でも! 予約取ってからすぐ戻ったから!」
ちゃんと閉めたなら問題ない……というか、そもそも勤務中に抜けるのが論外だ。
「……予約取る時、通運の事務所はどうでした?」
「え? あぁ、凄く忙しそうだったね」
そうだ。忙しいのだ。荷物運びなんて荷車で倉庫と一日何往復したかも忘れるくらいに。
「それで? 僕の事も見つけました?」
「裏手で荷物運んでたよね」
「見てたんだったら! 手伝えよ!」
「えぇ! そっち!?」
さすがに、マイケルの態度に腹が立って大声を出してしまった。
いけない、冷静になろう。でも、「そっち」ってなんだ? それ以外何かあるか?
「いやいや、僕が大変な目をして頑張っているんですから、せめて手伝おうかくらい声かけてくれてもいいじゃないですか」
「てっきり、店番を抜けたことを怒ると思ったんだけど」
マイケルは何を言ってるのだ? もう客一人来ない書店の店番なんて生産性は全くない。
それよりも、僕のことを心配しろよ。
「店番は誰か居てくれたらそれでいいんです。でも、同僚が頑張っているんですから。手伝おうとしないと」
「直接言われるとなんか腹立つんだけど」
マイケル。君がゼクラット書店で働いていて良かったな。
もし他の店なら君はもう解雇だぞ?
「今日も客一人来ない書店のどこに生産性があるんです? 考えなくても分かるでしょ? ないですよ」
「……ファビオ君。君は疲れてるだろ」
「何言ってるんですか。今日は休日ですよ。疲れたりしないですから」
「もう今日は閉めよう。それから休もう。僕が悪かった。謝るから。カーラさんにも言っておくから」
マイケルは言い終わってすぐ、休憩室から出て行った。
ずっと持っているマイケルの休暇願いには、十五日間の休みが欲しいと書いてある。
十五日とは相当に長い休みだ。旅行に行きたいようだから遠出するのだろうな。送迎馬車で。
いいな。僕もゆっくり出来る時間は欲しいけど、そんな甘えたことは言ってられない。
だって、放置書類も手を付けられてない。何なら、ここ数日間の新規受付の決裁すら遅れているのだ。
「ファビオ君! 店仕舞いしたから、二階に上がって早く休もう」
息を切らしてマイケルが休憩室に戻った。
肩には鞄も背負っていて、彼は帰り支度も万全らしい。
そんな彼に急かされて立ち上がる僕は、マイケルに「これ返します」と言って休暇願いを渡す。
「あぁ、ありがとう」
「いえ、全然。それで、売上確認しました?」
僕の言葉に首をかしげるマイケルは、「……やってないけど」と僕の目から逸らして話す。
「店仕舞いは売上確認もして終わりですから」
「……させていただきます」
どうせ売上なんてないけど、一日の記録でもあるから、毎日の記帳は必要なのだ。
すぐ帰れると思っていたマイケルは、鞄を休憩室の机に置いてカウンターにトボトボと向かって行く。
その後ろ姿を見て、ほんの少しだけ胸がスッキリした。
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