第7話
アースコット教授と見た書類の日から、次の日の今日。
一人で過ごすことに何も抵抗がない僕も、この都市で一番治安の悪い場所の近くに行くのはさすがに、躊躇したのでマイケルと一緒に行くことにした。
「本屋閉めててもいいの? カーラさんにいってるよね?」
「言ってる訳ないじゃないですか」
「えぇー。戻っていい? 怒られるじゃんか」
「全部僕のせいでいいですから、今日は」
ならいいか。今日は早く帰れそうだね! とか横でうるさいマイケルは放っておいて。
僕は、昨日の書類の通り書いてある孤児院に向かう。
孤児院とはいいつつも託児所と変わらない。
そもそもとして、今から向かうそこはライフアリー商会が運営しているからだ。
「けどまぁ、孤児院かぁ。そんな気はしてたよね」
「もうたくさんですよ。めちゃくちゃ怪しまれたんですから」
昨日の事だ。
教授の部屋から出た僕は帰る前に、事務員室で今日のことで休むことを伝えた。そしたら見せた書類のことでそれはもう念入りに悪用するなって言われたのだ。
そこまで言われればさすがに、悪用スレスレの事をしたら大変そうだったから正直に今までの事を話した。
同情こそされはしたけど、それはそれ。っていう感じではあった。
「でも、ここにいるんだろ? そのーえっと」
「ディオネ・スカンタールですよ」
「そうそう! ディオネさん」
マイケルは妹以外の女性の名前を全く覚えようとしない。
正直に話したご褒美なのか、ディオネが今日の講義を休む事になっているのを教えてもらったのだ。事務員さんに。
だからこそ朝のうちにマイケルを連れて孤児院にきたのだ。朝だったら闇市のやってないし。
マイケルと駄弁りながら歩いていれば、孤児院に着いた。
ここは元々ライフアリー商会の一支部だった場所。
僕が生まれる前には解体していたが、建て直して母上が託児所として開業したのだ。
開業したはいいものの、そのうちに預かる子どもを迎えに来ない親がいたりして孤児院も兼業することになった。
自分の子どもにはしっかり責任を持つべきだろう。僕には子どもはいないからそのあたりの気持ちなどよく分からないが。
で、そんな孤児院は目の前に建っている。
建物自体が古いせいか、小綺麗に手入れしてあるにも関わらず、白い壁の所々に蜘蛛の巣のようなひび割れが走っているのが見える。
孤児院の敷地に二人で入れば、庭園のようにしたかったのか花壇の残骸がそこらに転がっていたりと足下の景観は最悪だ。
「すごい事になってるね」
「さすがに、ビクター兄さんに報告するべきか僕も迷ってます」
確かに。と横で呟くマイケル。
託児所としては最悪の玄関口である。
そのまま孤児院の建物の玄関まで歩けば、建物の中から喧噪が聞こえる。
徐々に近づいてくる声にマイケルと顔を合わせれば途端に玄関の扉が開く。
「今日はなにするー!」
と快活な女の子が扉を開いて喋る。
「おいかけっこ!」
「おままごとしたい!」
最初の女の子より幾分小さな男の子と女の子が二人その後から走ってくる。
三人の子どもが僕たちの横を通り過ぎる。
初っ端の勢いに僕たちは、もう一度顔を見合わせる。
「帰ります?」
「いやいや! さすがここまで来たら済ませた方がいいでしょ」
マイケルの言う通りか。
子どものすごい元気に僕は気圧されている。仕方がない子ども苦手なんだから。
マイケルが開いていた玄関の扉を持つ。
「すみませーん。誰かいらっしゃいますかー」
マイケルが孤児院の中に声をかけた。
その声に、惹かれるように玄関の僕達をみてくる子ども達。何人いるんだ、ここ。
「おじさんだれですか?」
一人の子どもが聞いてきた。さっき走り過ぎた最初の女の子に似ていた。
「おじさんはね。大人の人に用事あるんだよー。呼んでくれない?」
「へぇ。そうなんだー。じゃあ待っててね! 呼んでくる!」
妹がいるマイケルだからか。子どもとのやりとりがスムーズだ。連れてきて良かったよ本当。
見ている子どもの数は増えている。
だからどれだけいるんだ、ここに!
「なにー!? 今忙しいんだけどー?」
そう言って、僕達に向かってくる一人の女性。
この人はディオネじゃない。明らかに僕と同年代ではない。
それにエプロン姿で歩く姿は、まさに肝っ玉母ちゃんのそれだった。
マイケルが喋り出す。
「あなたがディオネさんですか?」
「私はディオネじゃないよ? ここの職員のダルダラよ。ディオネに用あるの?」
どう見ても違うだろ? マイケルお前の目は節穴じゃないか。
まくし立てるように女性――ダルダラ――が喋った後、何故か止まるマイケル。そういえば、マイケルは喋ることを遮られるのが苦手だったな。こいつ。
「あぁ。僕達ライフアリー商会のものなんです。朝から申し訳ないんですけど、ディオネさんに学園でのちょっとした用がありまして――」
「商会の人かい!? じゃあディオネ呼んでくるから待っといて! 案内させるから!」
声が大きい。鼓膜が破れそうだ。
レイラー! 応接室に案内しといてー! と孤児院の中に声が響き渡る。
その声からすぐに、さっきの女の子が出てきて、エプロン姿のダルダラと何か喋る。
それも済んだのかダルダラが、出てきた部屋に戻っていく。
あと、女の子は僕達に近づいてくる。
「わたし、レイラっていいます! 八さいです!」
「僕は、ファビオ。横で止まっているのはマイケルって言います。よろしくね」
「よろしくお願いします! あの!」
なんだい? と聞く僕。レイラちゃんは少し下を見る。
なにかあったかい? と聞けば、レイラちゃんは僕を見た。
「セイラが、どこかに、行ったんです。なにか、知ってますか?」
「セイラちゃん? レイラちゃんと似ている女の子かな?」
「はい! お姉ちゃんなんです!」
「セイラちゃんだったら、男の子と女の子と連れて外で遊んでるよ。ほら」
そう言って玄関で立っている僕が移動する。
僕とレイラちゃんが外を見れるようにすれば、そのセイラと子ども二人が花壇の土で遊んでいた。
「おねーちゃーん! 朝ご飯できたって!」
レイラちゃんが大きな声で言った。
その声に土遊びをしてた三人は顔をこっちに向ける。
手に持っていた土を投げ捨ててこっちに走ってくる。
「レイラ! おはよう! 手洗うから待ってて」
とセイラちゃんが言えば、後からついてきた二人の子どもも続く。
「ふう。じゃあ案内しますね!」
「大変だね。案内ありがとう」
きっと、この子も将来は姉に振り回されることになるのだろう。
その道は、険しい道になるだろう。先人の僕が思うんだから間違いない。
僕は、レイラちゃんが歩く後に続いて孤児院の中を歩く。
あぁ忘れてた。マイケルは玄関で止まったままだ。
僕は、マイケルの頬を軽く叩く。それで気がつくマイケル。もしかして気失ってた?
僕達が、レイラちゃんに案内されて少し時間が経った。
当のレイラちゃんは、案内した後に朝ご飯を食べに行った。応接室には僕とマイケルだけだ。
「ディオネさん。来るの遅いね」
そうですね。としか返せない僕。
マイケルの使えなさよ。なんでダルダラさんが苦手なんだ? あと気軽に気を失うんじゃないよ。
思うことは多々ありつつも黙っていれば、応接室の扉が開く。
「待たせすぎたね! ほらディオネ。あいさつしなさい」
ダルダラさんが大きな声とともに応接室に入ってきた。その後から僕と同い年くらいの女性が俯いたまま、渋々といった感じを隠さずに入ってくる。
「……ディオネ。です。」
「あんたねぇ! もうすみませんね。この子ちょっと人見知りで」
「いえいえ。急に来たこちらも失礼していますので」
そうかい。とダルダラが答えた。そのままディオネと二人、僕とマイケルの向かいに椅子を持ってきて座る。
そのディオネといえば、俯いたままこちらを見ない。
顔はあまり見えないが、僕の金髪と同じような色をした髪は肩でバッサリ切られている。
別に、体型とかも普通の痩せ型の女の子って感じでおかしなところもないが。
「なんで学園の制服なの?」
そう、ディオネは制服を着てここにきたのだ。
別に学園で会っているわけでもないのに。
「あれ? 学園の事で用事があるって言ってたから着させたけど……別に良かったのかい」
えぇ別に。と返す僕と、ダルダラを見るディオネ。
恨めしそうに見るその目は黒い。
「ファビオ君。早く本題入ろうか」
マイケルが僕に囁いてくる。前に座るダルダラのことが本当に苦手なのだろうね。
巻き込まれる僕にとってはいい迷惑だよ。
「では、本題に入る前に。……僕はファビオ・ライフアリーと言います。でこっちがマイケル・ガットマン――」
「商会長の息子さん! あらー、まさかディオネが粗相したんですか?」
この子は本当に。とダルダラがディオネを見て喋り出す。
俯いたままのディオネに、喋る機会をなくしてまた固まったマイケル。
多分、この人いたら進まないな。
「すみません。なにか飲み物いただけませんか? まだ外も暑くて」
「四人分用意したらいいですね!」
そう言ってダルダラはすぐに応接室を出た。
少し時間掛かりますのでー。と言って出る姿にディオネはため息を吐く。
ふう。なんとかなりそうかな。
マイケルなんて、横で固まったまま動いていない。あぁ大丈夫だ息はしている。
「なにか色々と、すみません」
「いえいえ、私たちは、ディオネさんに用事があるので」
僕がそう言えば、ずっと俯いた顔は僕の方に向く。
その顔は学園でも見た事は一度もない。金髪に黒目で平均的な身長と平均的な体型。
どこにでもいそうで、もしも会っていたとしても覚えていないな。
「私……なにか悪いことでもしたんですか?」
「悪いことなのかは、これから次第ですね」
「これから……」
はい。これのことなんですけど。と言う僕。提げてきた鞄から一冊の本を出す。
置いた本を凝視するディオネ。
その黒い目には、驚愕と疑問が浮かんでいる。僕と本を交互に見るディオネは、口を開けて閉めて繰り返すが声が出ていない。
だったら僕が言ってやろう。
「これを書いたのは君か?」
少し、汚い言葉になった。
でも、僕の平穏を潰したのだ。これくらいは許されてしかるべきだよね。
扉が開く。ダルダラさんが四人分の飲み物を盆にのせて応接室に入ってきたのだ。
置いた本は回収しておく。
僕は動かないマイケルに、ダルダラさんの話し相手をしたら今日は終わり。と二人に聞こえないように囁く。
「ダルダラさん! 飲み物ありがとうございます! ファビオ君。私はダルダラさんと話しているからディオネを連れて外で時間を潰して待っててください」
簡単だなおい。僕はマイケルのその能天気さに辟易しつつもダルダラさんから、飲み物が入ったコップをもらってディオネと応接室を出る。
誰もいない所に案内できるか。と僕が聞けば、ディオネは頷きながらこっちへ向かった。その目は僕と鞄に入った本を交互に見つめていた。
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