2 日影郷
日影郷という名前が付けられた地域があった。
日影とは良く言ったもので、薄暗い山道がずっと続いていた。相変わらず社内にはお気に入りの音楽が流れ続け、私は特に不気味さなども感じずに車を走らせていた。
「それにしても、遠いなぁ……」
そんなことを考えながら、漫然と運転を続ける。やがて私はトンネルの前にさしかかった。一瞬、先ほどの話が頭をよぎり、このトンネルにも曰くがあった気がしたが、特に気にせずにトンネル内に侵入した。
オレンジ色の薄暗がりの中を快走していく。トンネルは途中大きくカーブしており、そこを抜けるともう出口が見えた。
カーブのせいで入り口からは出口が見えなかったが、大した長さではなかった。そう思った瞬間、車内に流れる陽気な音楽が不快な異音が混じり途切れ途切れになった。
「何これ……電波悪い? ラジオでもないのに……?」
何度かボタンを切り替えているうちに、オーディオの調子は元に戻った。そうこうしている間に、トンネルは完全に抜けていた。再び薄暗い道を進んでいく。
トンネルを抜けて少しすると、ダム湖が姿を現した。チラリと横目で見るとダム湖には赤い橋が架かっている。
そういえば、あの橋についても何か言っていたっけ。
確か、橋の上には女の幽霊が出るだとか、欄干に寄りかかる人や橋の外にぶら下がる人を見かけることがあるだとか、そんなことを言っていたと思う。そもそも自殺の名所としても存在が知られているらしい。
「ありきたり……」
そんなひとり言がこぼれた。
薄暗く曲がりくねった山道をしばらく走ると目的地に辿り着いた。入り口の看板には「日影郷プラント」と書かれている。林業の会社らしく、立派な木の看板だ。渡す予定の資料を持つと車から降りる。
「お届け物に来ました」
「いらっしゃい。道が悪くて大変だったろう」
プレハブ造の事務所の中からは見慣れた作業着の男・Fがいた。Fの年の頃は60代の半ばほどで、社内では顧問という立場ということだった。
この男のする話といえば、だいたいが愛人の扱いについてで、そんな話に付き合わされるのもたまったものではない。つかまる前に早々に退散するのが吉、と資料を渡すと早々に「日影郷プラント」を後にした。
車に乗り込もうとすると、Fに呼び止められた。
「これ、おつかいのお駄賃」
そう言って、ペットボトルのお茶を渡された。少々赤ん坊扱いをされているようないい方ではあったが、悪い人ではないのだ。ただ少し下衆なだけで。
こうして私は、資料とペットボトルのお茶を引き換えにして、また来た道を戻ることになった。
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