第26話鬼の章其の壱


 廃工場での蘆屋との戦いの後、騒ぎを聞きつけた警察が駆けつけてくるサイレンの音がした。

 私たちは警察が到着する前にその場を離れる事にした。その時の久我さんの様子が、数日経った今でも私の中で気になっている。


「(久我さん…大丈夫かな…?)」


 蘆屋につかみかかった時から、普段落ち着いている彼から想像も出来ない憎悪と、悔恨が表情から滲み出ていた。

 それに気になっているのが、蘆屋が言い放った「シスコン」の一言。久我さんに姉か妹がいるのかな…?

 朝の教室でそうぼんやりと考え事をしてると、私に声をかける人物がいた。


「満月〜おはよ〜。」

紗耶香サヤカ。おはよ。」


 朗らかに声をかけてきたのは山本 紗耶香ヤマモト サヤカ。私の数少ない友人だ。

 いつもニコニコとしており、人当たりの良く、細かい事は気にしない性格で私の能力も知っている上で、こうして友達として仲良くしてくれる。


 一度怖くないか?気持ち悪くないのか?と聞いたことがあるが。


「え?そうねぇ〜。でもそれが満月の体質なんでしょ?それより、新しいクレープ屋が出来たんだって!早く一緒に行こ!!」


 と私の悩みがクレープに負けたのを今でも覚えてる。

 ちなみにこの前のカフェでドタキャンくらったのは、この子に急に用事ができたからなのである。

 細かいことを気にしない性格というが、かなりマイペースなのだ。


「まぁた、難しい顔してる〜。」

 そう言ってシワの寄っていたであろう私の眉間を人差し指でぐりぐりする。


「ちょっとバイトで色々あってね〜。」

「バイト?あぁ!何でも屋さんのバイトか!大変そうね〜。」


 そう言って空席の前の席にどかりと腰をかける。

 なんでも屋さんって…。


「んで、そのバイト先で何があったの?誤発注を大量にしたとか?」

 

「コンビニじゃないんだから…。…何というか、バイト先で悩んでる先輩がいてさ…何か力になれないかなって…。」


「まぁた。余計なお節介を焼こうとする〜。所詮バイト先の先輩でしょ?いつ辞めるか分からないんだから深入りしない!」


 紗耶香。ごめんなさい。私、あの相談所に終身雇用が決まってるの。

 なんて、口が裂けても言えない。


「満月は困ってる人を放って置けない優しい子なんだから〜。私は余計なトラブルに巻き込まれないか心配だよ〜。」


 そう言って紗耶香は優しく私の頭を撫でる。

 私能力や家庭事情、性格を知ってる彼女にはこうして心配かけっぱなしで申し訳なくなる。


「心配かけてごめんね。」


 私はそう言うしかできなかった。

 そんな時に教室の出入り口のドアの辺りから男子に大声で呼ばれてる気がした。


「おーい。雪平ー。呼ばれてるぞー。」


 その一言に私と紗耶香は首を傾げてそちらに視線を向けた。


 視線の先には高身長の男子が立っていた。

 しかし、その出立が普通ではなかった。

 目つきは鋭く、髪は明るい茶色に、耳には複数のピアスが付いており、頬には痛々しいガーゼが貼られていた。

 ウチの制服はブレザーであるが、ブレザーの下には白のワイシャツが着られてる筈なのに、そこには派手な柄シャツが着こなされていた。


「(ヤ、ヤンキーだァぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!)」


 そう認識すると、一気に冷や汗が全身を覆った。


「あれって、隣の三組の海堂だよね?ヤンキーで有名な。満月、なんかやらかした?」


「知らない知らない!!!不良の知り合いはいないし、関わりたくもありません!!」


 そう紗耶香と小声で話してると、どすの利いた声で「おい」と声をかけられた。


「面貸せ。」


 あ、私の残りの人生終わりました。

 そう声をかけられて、残り短い人生が今日この後終わるんだと思った。


 ヤンキーこと、海堂くんに声をかけられるまま、私は教室を後にしたのだが、沙耶香を含め、教室に残ったクラスメイトの雰囲気がお通夜と化していた。



 そして私は海堂くんに言われるがまま後ろについて行った。


 まだ朝という事もあり、周りの生徒もまばらではあったが、だんだん人気のない四階の準備室前にたどり着いた。


「(うっ…ここは……。)」


 ウチの学校の準備室や、化学室のある四階は授業以外人がおらず、静かで薄暗い。その為になっているのだ。

 現に海堂くんの近くにも廊下の脇で膝を抱えて泣いている女子生徒や、呆然と化学室の前に立ち尽くすワイシャツ姿の男性がいる。他にも黒い影や、ウヨウヨと飛んでいる。


 私が普段見てる霊は、体が透けてるとかそう言う見え方はしていない。生きている人間と変わりない姿で見えるのだ。

 生きている人間との違いといえば、『何となく違和感がある』だけなのだ。

 曖昧な言い方かもしれないけど、私の目で見るとそこに不自然に貼り付けられたコラージュ画像のように見えるのだ。

 そんな風景を長時間見えるのは、正直気分は良くない。時折体調がも悪くなる。

 

 だからこの状況も正直、海堂くんの事を抜きにしても一秒でも早く立ち去りたい。


「なぁ。あんた。」


 今まで前を歩いていた海堂くんが立ち止まり、振り向いた。


「やっぱり見えるのか?」


「…え?」


 その一言の意味を理解するのに時間がかかったが、おそらく霊のことなんだと理解した…

 しかし、私の経験上そう断言するには色々世間体的にがやばい。


「ここ、よく幽霊が出るって聞いて連れてきたんだけど…。」


 はい。霊のことですね。


「うん。見える…。でもなんで?」


 今まで関わりもない不良の海堂くんがどうして、私を試すようにこんな所に連れてきたのかが疑問でしかなかった。


「ワリィ。ここなら、人もいねぇし、アンタが本当に幽霊が見えるのか確かめられるのかもって思って。名乗り遅れた。俺は三年三組 海堂 龍樹カイドウ タツキ。アンタに頼みにきた。」


 私の疑問にもしっかり答え、名乗ってくれるあたり、悪い人じゃないんだろうな…と思った。


「頼み?一体何を…?」



「俺に付いている鬼をお祓いして欲しい…。」

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