第13話夕陽の結び


 エツさんの過去、そして赤井さんに取り憑く理由を知った私達。


 エツさんの見せた映像を全て見終わって、意識が現実に戻ってくる感覚。夢から覚めたような感覚。

 しばらくぼんやりしてると急に吐き気が込み上げてきた。


「うっ…。」

「だ、大丈夫ですかっ!?」


 吐きそうになる私を見た赤井さんは急いで袋を用意してくれた。


「…っぉぇ……ありがとうございます…。」


「力をいきなり使ったから酔ったんだろう。少し休んだほうがいい。」


「そうします…。」


「もしよかったら、そちらの私のベッドを使ってください。」


 赤井さんの申し出に素直に甘えることにした。

 横になり、頭に冷やした濡れタオルを当てさせてもらった。


 タオルの冷たさが心地よくて、ふぅっと一息ついた。


「さて、私達はこのまま続けましょうか。

 先ほどのヴィジョンであなたは投身自殺を図った。が、このエツさんに止められて、そのまま取り憑かれた…そういう状況ですね。」


「…はい。あの時、不思議と後ろが引っ張られた感触があった時は何かに引っかかったと思ったんですが…そういうことだったんですね。」

 そういうと赤井さんは辺りをキョロキョロ見渡した。


「エツ…さんは、まだここにいるのですか?」

「はい。今のあなたなら、昨日渡した護符を外して頂ければ見えると思います。」


 久我さんがそういうと、赤井さんは緊張した様子で衣服のポッケに手を入れて護符を取り出し、久我さんに渡した。


「…見えるまで少しお待ちください。」


 そういう久我さんに緊張しながら目線だけキョロキョロ動かしていると。


「…!!…み、見えました…。」


 正面、というか久我さんの隣を見て固まっていた。

 私にも久我さんにも見えている。


 確かに今のエツさんは久我さんの隣にいた。


「あなたが見た霊は、彼女で間違い無いですか?」

「はい…。」


 また、エツさんの姿を見た赤井さんの表情には今も恐怖の色が見えるが、事務所で見た時よりか落ち着いていた。


「本来なら、こう言う話は他人に話辛いでしょうけど、あなたと、そしてエツさんの為にも教えてください。なぜあの川で投身自殺を…?」


「…恋人に捨てられたんです…。」


「ほう…。」


 赤井さんはゆっくり語りだした。


「私には大学の頃から付き合っていた男性がいたんです。同い年でした。年齢も年齢だったので結婚の話もして、互いの両親にも挨拶をして…婚約もしてました…。」



 死を覚悟する程の過去。赤井さんの声が、話す唇が、震えてるのがわかった。


「でも…ある日突然、別れを告げられたんです…。理由を聞いたら…別の女性を妊娠させてしまった。その女性と結婚するって言ったんです。」


「それは…随分と…。」

 久我さんは言葉を言い淀んだ。

 流石のノンデリも依頼人の前では控えてるんだな。

 でも、言いたい事は分かる。将来を、未来を約束した相手がいながら、別の女性とも関係を持ち、無責任にも捨てたのだ。

 恋愛経験が少ない私でも分かる。男として、人間として最低だ。


「あ…相手についても聞いたんです…でも…答えてくれなくて……私、探偵に依頼して調べたんです…。そしたら…そしたらっ!…私の…一番仲良くしていた、信頼していた友達だったんです…。」


 そう言って堰を切ったかのように泣き出す赤井さん。


 それもそうだ。自分が最も信頼してる人達に同時に裏切られたのだから。


 話を聞いてる私も煮えきれない感情に襲われた。


「その友達にも結婚報告したんですよ…。祝福もしてくれたのに…。」

 泣きながらそう説明する赤井さんを慰めるようにエツさんが寄り添う。


 きっとエツさんはこの事を知っていたのだ。

 だから、彼女がまた道を踏み外さないように彼女に取り憑き、守っていたのだ。



「…事情はわかりました。これで今回の件、解決策が見つかりました。」


 久我さんはそう言って紙で出来た人形ヒトガタを取り出した。


「まず、エツさんはこの人形に乗り移ってもらいます。そして、私の知り合いの寺の者に供養してもらいます。」


 エツさんは少し驚いたような顔をしたが、全てを理解したかのように頷いた。


「そして、赤井さん。あなたにもお願いがあります。」

「…っぐす…お願い…?」


「あなたには、元婚約者と元友人の事は忘れてほしい。その二人への執着が残っているとまたあなたは気を病んでしまう。これからエツさんを成仏させてしまうとまた別のモノが憑いてしまう。

 今はエツさんがあなたを守ってくれてるが、それもいつまでも続けてはいられない。守護霊でもない霊が生者に憑き続けると、生者に悪影響を与えかねない。

 本当に自分を守れるのは自分の心の在り方だけなんですよ。」


 そう言う久我さんの目は二人を見据えていた。



「…そう言われても…どうしたら…。」

「婚約中の不貞行為は慰謝料請求の対象になります。」

「え?」


 久我さんのセリフに赤井さんはキョトンとした。


「生者への報復は生者にしか出来ませんが、少しでも選択を誤ればその報復の矛先は何倍にもなって自分に向かわれます。もし、あなたが、元婚約者達に報復を図るならこの手が一番安牌です。人道と法律に則って、思う存分毟り取ってきてください。」


 そう言って、久我さんは一枚の名刺を赤井さんに渡した。


「ここの弁護士も私の知り合いです。腕は確かで、料金も他と比べると割とお手頃なので安心してください。」


 そう言って軽い笑みを浮かべる久我さん。



「……ありがとうございますっ…。」

 名刺を受け取った赤井さんは深々と頭を下げた。




 予定通り、エツさんには人型に移って貰い、私達は赤井さん家を後にした。

 家を出る前に赤井さんが。

「エツさんに伝えてください。『守ってくれてありがとうございまし』っと。」

 そう言い笑う彼女は、初めて見た時と比べると生気が漲っているように見えた。



 帰り道、私達は夕日に染まった刈川の堤防沿いを歩いていた。


「初仕事お疲れ様。途中少しハプニングもあったが、君がいたおかげで円満に依頼を遂行できたよ。…ありがとう。」


 エツさんが入った人形を見て久我さんはそう言った。

 普段笑うのに慣れていないのだろう。少し照れたような、困ったような笑顔が夕日に照らされて綺麗だと思った。


「…いえ!お役に立てれてよかったです!」


 私の力で人を笑顔にできることもあると知れた。

 また、この人の困ったよな笑顔が見たいとそう思った。



 そんな会話をしながら堤防を歩いていると、川を眺めてる車椅子に乗った老人の男性と、その車椅子を押す若い女性とすれ違った。


「ほら!おじいいちゃん。夕日が綺麗だよ!」

「そうじゃな…ところであんたはどちらさんかね?」

「もう!ひ孫のゆかりだよ〜!」


 そんな会話がすれ違い様に聞こえた。

 孫とおじいちゃんのお散歩とは微笑ましい限りだ。

 しかし、おじいさんは相当認知が進んでいるようだった。


 そんなこと思っていると、手に持っていた人形からエツさんが抜け出したのが見えた。


「あ!!おい!!」

「え!?ちょっ!エツさん!??」


 私と久我さんが彼女の行先を目で追うと、そこには…。



「へ…??あんた…もしかして…、ねえちゃん…??エツねぇちゃんなのか…?」


『…敬ちゃん…。』


「う、う、うわぁぁぁ。ねぇちゃん!ねぇちゃん!ごめん!ごめんなさい!おれがあの時…!!!」


 あの老人にはエツさんの姿が見えたのだろう。

 今いる孫のことも忘れてしまう程年老いてしまったのに、何かを唐突に思い出したかのように、子どものように泣きじゃくる老人。

 そんな老人の膝をよく見ると、年季が入った手作り感がある木彫りの馬が置かれていた。


 それを見て思い出した。

 確かあれは……。

 

 そんな老人を優しく慰めるかのようにエツさんはが静かに涙を流しながら抱きしめる。


『いいのよ。いいの。敬ちゃんが生きててくれれば…。』

 

 夕日に照らされたエツさんの涙が一瞬輝いて見えた。



「時折、あのくらいの年配の人や、若くても死が近い人は、あぁやって能力がなくても霊が見えることがあるんだ。」


 数十年ぶりの姉弟の再会を見ながら久我さんがそう言った。



「久我さん。」

「ん?」


「私、この手伝い続けてみようと思います。」


 泣く二人に釣られて、私の視界も涙でボヤけていたが、目の前の光景を見て思った。

 死しても尚報われずに彷徨う魂はいくらでも見てきた。

 でも、この久我さんとなら、そんな人達を助けられるんじゃないかと思ってしまったのだ。




 『ありがとう。』


 そう一言、優しい声で私たちも元に伝わってきた。



















「やっぱり、君は優しいままなんだね。月の君。」



 防波堤から外れた道から久我といる満月を見てうっとりと笑う長身の男。



「次はちゃんと守ってあげるからね。」


 そう言って満月を見つめる瞳は人ならざる色が浮かんでいた。


 

  

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