第6話非現実的と現実

「今回の依頼主は井刻市いこくし在住の赤井涼子。相談内容は女性霊による霊障。話を聞く限り霊は浮遊霊と推定。明日現場に調査。調査結果次第で対応を決める。」

 

 久我さんは淡々と依頼内容を簡潔に説明してくれた。

「あの、調査は明日行うとの事ですが…私学校あるんですが…。」

 大学生の生活リズムに関してはイチ高校生の私には知り得ないが、世の殆どの高校生は明日月曜日は学校がある。

「それに関しては俺に考えがある。君は明日制服のままここに来てくれ。」

「はぁ…。」

 自信満々な久我さんの言い振りに私は頷くことしか出来なかった。

「あの、ところで私は何をすれば良いのでしょうか?」


 私はこの依頼での一番の疑問を久我さんにぶつけた。


「あぁ。君には俺の補助に入ってもらう。」

「補助?」

「先程も言った通り俺自身の霊力はそこまで強くない。だからいつもはこの相談所の所長の叔父さんの手伝いをしている。しかし、今回その叔父さんは諸事情によって手が離せなくて正直困っていたところなんだ。俺にできるのは符術による応急処置だけだからな。」

「成程。その補助というのは何をすれば良いんですか?お札の用意とか?」

「いや。君に頼みたいのは霊的サポートだ。君は歩くパワースポットみたいな体質だが実はその力は君自身にはあまり良い影響はない。」

「え?そうなんですか?」

「君の肉体も精神も一般人レベルか少し上くらいだ。そんな人間が桁違いのレベルと量の霊力を持っていれば、器である肉体に限界がそうそうに来てしまう。」

「限界くるとどうなっちゃうんんですか?」

「余命前に精神病んで死ぬ。」

「めっちゃ死にやすいって事じゃないですか。私よく今まで生きてきたな!?」

 久我さんからのまた新たな事実に思わず自分自身にツッコんでしまった。

 確かに時折これでもかって位に精神的に参る時がある。自死を考えてしまう程に。



「君がここまで生きて来れたのは、まぁ、運が良かったんだろう。」

 詳しいことを知らんからなんとも言えないけどな。と久我さんは付け足す。

 

「そんな君にとっては厄介極まりない霊力は、俺が君の近くにいるだけでも使える事が今俺自身実感している。Bluetoothのペアリングみたいだな。ちなみに君自身も何か体調の変化が出たんじゃないか?」

「言われみれば…なんか心なしか肩?体が軽いかも??」

 久我さんに力を使われる前に比べると、言葉にし難い微かな快感や爽快感があった。

 

「君が持て余していた力を使ったからな。使いすぎない程度に使えば君の体に良いものだ。まぁ、体脂肪と同じだな。環境によって生命維持に必要な脂肪の量は異なるけど、その環境に必要以上の体脂肪は体に悪いのと一緒だ。」

 脂肪って、女子の体質?をこの人脂肪で例えるなんてデリカシーないんじゃないのか?

 

「その脂肪を俺が有効活用するんだ。お互い損はないはずだろ?」

 この世の中にここまで綺麗なドヤ顔する人はいただろうか。私の人生の中ではいなかった。が、その綺麗なのが相まって腹立たしくなってしまう。

「それで、私は本当に久我さんの近くにいれば良いんですね?」

 内心この野郎と思いながらも話を進めた。

 

「あぁ。現場に行っても君はおそらく俺に霊的サポート以外に何にも出来ないだろうからとりあえずは近くに待機しててくれ。大丈夫。未成年の君の身の安全は俺が保証する。」

 そういう久我さんの瞳は真剣そのもので思わず私はドキリとしてしまった。

 

「ついでになんだが。今日から君はこれをを持っているといい。」

 そう言ってソファーから立ち上がり、デスクの引き出しから何かを取り出し私に手渡された。渡されたそれは辺の神社にでも置いてありそうな赤い布地に色とりどりの糸で綺麗に刺繍された、一見なんの変哲もないお守りだ。

 

「なんですかこれ。交通安全のお守りですか?」

「馬鹿か。そのお守りは君の有り余ってる霊力を少しづつ周りに散らすお守りだ。本来の用途は悪霊の力を削ぐ術の応用で作られたものだ。」

 この人、実はかなり口悪いんじゃない?さっきの体脂肪の例えといい、しれっと人のこと馬鹿って言ったぞ?

 

「散らすって良いんですか?久我さんの使う分が無くなっちゃうんじゃないんですか?」

「こんなお守り程度で君の霊力は消えはしないよ。」

 

 そう言いながら久我さんは事務所内の本棚から書類や本を手慣れた手つきで選び出していく。

「それは?」

「これも一応仕事だからな。請求書の作成やら今回の依頼内容とそれに対する行内容をまとめる業務報告書だよ。監査とか税理士とか…まぁ大人の事情対策だよ。」

 そう言いながらメガネを装着し、デスクに置いてあるPCに向かいキーボードを何かを打ち出した。

 大人って大変なんだなぁ…って呑気にその様子を見ていたが、自分が手持ち無沙汰であることに気づいた。


「あの…久我さん。」

「すまない。少し待ってくれ。」


 私が言いたいことを察したのか待つようにと言われたので素直に待つことにした。


 数十分後。

「すまない。待たせたね。今回の依頼についての情報をまとめていた。」

 メガネを外し目頭を揉み込む久我さん。

 

「いえ。お疲れ様です。」

 道理で集中してPCに向き合っていたのか。



「明日、この事務所から直行で依頼主の元に行こうと思っていたが。予定変更だ。少し寄り道をする。」

 そう言ってその日は解散と言い渡され、私は家に帰ることにした。





 先程まで久我さんの事務所にいた時間は文字通り現実離れした時間だった。

 しかし、ココに来れば否が応でも私の現実が戻ってくる。


「ただいま。」

 持っていた鍵で家の玄関を開けば、そこには散乱した現実。

 日曜日の夕方家に鍵がかかり、中が電気が付いていないことから両親はどっかに出かけたのだろう。

 

 我が家は本来四人家族。父、母、兄、私の構成だ。

 兄は数年前に就職を機にこの家を出て一度も帰って来てない。多分生きてるでしょう。って感じ。


 今は居ない人のことはどうでもいい。よかった。両親よりも早く帰って来れて。

 私は玄関を抜けリビングに入る。リビングも他所の人を通せるような状態ではない。

 家族が囲うはずのテーブルには父の所有物や飲み干された缶ビールや酒瓶でで埋め尽くされ、ソファーや床には母が買い漁った服や雑貨が散乱してる。

 埃も端々に積もってる。


 私は慣れた足取りで台所に向かい、シンクに溜まった食器を洗い、夕食の準備をする。

 これをしとくだけでもあの人の機嫌は少しは取れる。


 夕食なんかを作るより周囲の掃除をした方がいいのは分かる。

 でも、勝手にものを動かしたり、捨てたりすると非常にめんどくさいことになる。

 この家の中での面倒ごとは極力避けたい。

 だから、少しでもあの人達の機嫌の取れる行動をするのが一番なんだ。


 虚な目で私は野菜を切っていく。


 

 

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