STRANGERS:盤上の散華

籠原スナヲ

プロローグ

第01話 アマネの推薦状①


 将棋。

 それは1000年以上前から続き、そして今でも攻略方法が見つからない、人類至高の頭脳ゲームのひとつである。

 もともとは、軍師たちが戦争で勝つためにアタマの訓練に使われていたとも言うらしいが、詳しいことは分かっていない。

 ひとつだけ言えるのは、令和のこの世でも、将棋に魅せられて命を賭ける者は山ほどいるということである。


 佐々木サクラ18歳はその日、悪夢にうなされていた。夢のなかに出てるのはいつも、お兄ちゃんであった。

「サクラ、なんでお前ばっかり強いんだ」

 そう兄は夢のなかで言ってきた。

「なんでオレじゃなくてお前に才能があるんだ」

 さらにそう言ってきた。

「女が将棋なんて強くても、なんにもなんねえだろうが!」

 さらに兄は夢のなかで言ってきた。

「ごめんなさい、お兄ちゃん。ごめんなさい、ごめんなさい…………」

 サクラは泣きながら、ゆっくりと夢から覚めるしかなかった。

 また、嫌な夢を見てしまった。そう思った。

 起き上がって右側にある部屋の鏡へと顔を合わせる。ボブカットの黒髪、ひとえまぶた、そばかすだらけの頬、いつもどおりの自分の顔であった。

「夢かあ…………」

 サクラは息を吐いた。

 佐々木サクラは日本の女流棋士である。現在、女流二段。対局だけできちんと稼げているし、その他の興行仕事でも収入を得ている。

 だが、それでも心にモヤモヤとしたものが残っていた。

 …………私はお兄ちゃんより才能がないのに将棋を指していていいんだろうか?

 と。


 が、

 不意に、現実、彼女のとなりのほうで、

「あ、もう起きたの?」

 という声が聞こえた。

 ハッとなって振り返ってみると、そこには、長い白髪を伸ばした、背の低い女の子が同じベッドで横たわっていたのである。

「おはよう、サクラ」

 と、その子は言った。全く身に覚えがない女の子であった。


「うぎゃああああ!!」


 と、サクラは悲鳴を上げた。


 そこからはまず、彼女のプライベートな情報を聞き出すことから始めなければいけなかった。

「あ、あなたって何者なの?」

「えっ、覚えてないの?」

 と、相手の女の子は言った。

 彼女が説明するところによると、サクラは夜、ヤケになって未成年にもかかわらず酒を買って飲み、そうして帰り道で彼女を拾って家まで連れて行ったらしい。彼女のほうは道端で空腹により倒れていたのだそうだ。

「ま、全く覚えてないよ…………!」

「そ?」

 彼女は首をかしげてきた。

 あとで知ったことではあるのだが、彼女の名前は海棠アマネ。16歳。真っ白な髪を長く伸ばして、そして、髪と同じくらい白い肌になんの化粧もしていない少女であった。身長はおそらく147cmほど。ガリガリに痩せた身体に、ほとんど身なりなんて気にするものかというようなTシャツとチノパン姿であった。

「それにしても…………」

 と、サクラは言った。

「どうしてなにも持たずに東京に来ちゃったの?」

 そう、ここは東京である。人口が多ければ当然、母数に比例して治安が悪くなる。真っ当な感性をしていたら来てはいけないような街だ。

 なのにどうして、アマネはここに来たのであろうか?

 アマネのほうは、サクラに差し出された緑茶をゆっくりと飲み終えたあとこう答えた。

「会いたい人がいるの」

「へ?」

「その人は将棋が強いから、将棋で有名になればきっと見つけてもらえる、と思う」

 アマネの目は真剣であった。


「だからね、プロの将棋棋士になりたい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る