第4話 素直になれたかな
檜山を後ろに残して、自転車でぴゅーっと先に学校へ向かう。もちろん校門が近付いてきたら自転車から降りる。この時間帯は校門前に生活指導の先生がいるし。ニケツなんてして敷地内に入れば反省文コース間違いなし。いや、案外堂々としていればスルーされる可能性もあるかもしれない。けれど、まあそんなリスクを背負う必要はない。時間的にも遅刻はないし。
「どういう顔? それ。ひめちゃん」
自転車を押しながら隣を歩くこよみは心底不思議そうに私を見ていた。
「案外先生はチョロイかもしれないって思ってただけ」
「え、ひめちゃん先生のこと好きなの?」
「違うけど――」
「大丈夫。相談乗ってもらってるし、応援してもらってるし。私もひめちゃんの恋、しっかり応援するから。それが例え、先生相手のイケナイ恋愛であっても。私は親友の恋路をしっかり応援するから。安心して?」
「いや、だから違うから」
「うんうん」
「ほんと違うから。違うからね!?」
にこにこと見守るように私を見ているこよみ。
やめて、勘違いしないで。
◆◇◆◇◆◇
「じゃあ頑張ってね」
「任せて」
教室に着いてから、こよみとそんな会話を繰り広げる。
こよみはぽんっと胸を叩いた。
どこから湧いてくるのかは不明であるが、どうやらかなり自信があるらしい。自信に満ち溢れる表情を浮かべていた。
自分の席で頬杖を突きながら、じーっとこよみを見つめる。
今日は一日こよみを観察する。コヨミ観察バラエティモニタリング。
既にそわそわしているこよみ。せっかく文庫本を手に持っているのに、キョロキョロと落ち着きなく周囲を見渡す。その手に持っている本はなんのためにあんだ! 読め、本を読んで落ち着け。
念を込めて、こよみを見つめるが、落ち着きを失っているこよみに私の念など届くはずもない。
背中でも撫でてあげようかなと考え始めたタイミングだった。
道に置き去り……じゃなくて残していた檜山がちょうど教室に着いた。
声が聞こえた瞬間にこよみはびくっと肩を震わせた。露骨に緊張していた。
「おーい、こよみ」
鈍感ラブコメ主人公ポジションに立っている檜山はこよみの態度に気付くことなく、いつものように大手を振りながら、こよみの名前を呼んだ。縮こまっているこよみは大きく深呼吸をして、立ち上がる。
「な、なに……ッ!」
脇腹に手を当てて、ぐるるるる、と犬が唸るように返事をする。
素直さも、可愛さも、今のこよみにはない。
「ほい。これ、さっき落としたから」
檜山が手に持っていたのは既視感しかないイルカのキーホルダー。これはあれだ、こよみの自転車の鍵についていたものである。
ついさっき自転車の鍵から落ちてしまっていたのだろう。
「このキーホルダー、こよみのだろ。違うんなら、落ちてた場所に戻さなきゃだな」
困ったように笑っている。
檜山はどうせ親切心からの言葉なのだろうが、結果的にツンデレの逃げ道を塞いでいる。
でもこよみにとってはこれ以上にないチャンスだ。ここで受け取らない方が不自然だし。
さあ、いけ、押せ、素直になれ。
少し離れた席で、応援する。
「それ、私の!」
「だよなー、良かったぜ。ほらよ、大切だって言ってたろ。大事にしろよな」
「……うん」
檜山からキーホルダーを受け取る。
二人の間に流れる空気は甘々しいものであった。これがドラマなら某国民的男性アイドルのあの曲のイントロが流れるところだ。
「私、拾ってなんて頼んでないし。勝手に拾ってきて、説教しないで」
いい雰囲気だったのに、ツンデレが甘い空気はぜんぶ瓦解してしまった。
ツンデレというかツンか。
デレをどこかに捨ててしまって、ツンだけが残ってしまっている。ツンツンじゃん。こんなの。
でも檜山は慣れているのか、表情をまったく崩さない。
妹でも見るような目でこよみを見ている。
その生温かな目を見ると、やっぱり負けヒロイン仕草だなあと思ってしまう。
ここから挽回するのは難しいだろうが。チャンスはこの一回きりじゃない。何度だってある。一度その壁を乗り越えれば克服できるものだと思うから。何度も挑戦して頑張れ、と語りすぎなくらい全力になりながら、上から目線で応援をする。ま、多少はね? いいでしょ、ってことで。
「…………ッ」
こよみはグッと拳を作って、俯く。
本人もきっとやっちゃった〜とか思っているに違いない。
ぷるぷる肩を震わせているからきっとそう。
どうやって慰めようかなと考えながら、こよみを見ていると、彼女はゆっくりと顔を上げた。
「……あっ」
瞳を潤ませる。泣き出しそうな表情に言葉にならない声の切り端を投げる。
覚悟を決めたのか、今度はキッと睨む。かと思えば柔和な瞳に変わる。ころころと目まぐるしく表情が変わる。
「……でも、ありがとう。助かったし、嬉しかった。すごく大事なものだったから」
茹でダコのように顔を真っ赤にして、目を回しながら、こよみは檜山に感謝の言葉を告げる。震える声を押し出すようにして、微かに聞こえる声でありながらも、その思いと言葉は確実に檜山へと、そしてなぜか私の元へも届く。
檜山にとっても衝撃だったようで、ぽかーんと口を開けていた。
「え、ああ……おう」
と、動揺を見せている。
これがギャップ萌えってやつなのか!?
結果オーライすぎる。
胸の奥が少しくすぐったい。これは……母性かッ!?
ふふ、やるじゃんこよみ。
「馬鹿ッ! 馬鹿将生ッ! はやく席に戻れッ!」
ピシッと指をさして、あっちに行けとこよみは喚く。
いつもの光景が見れたせいか、ちょっとばかしホッとした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます