でくの坊と蔑まれた剣神の末っ子、実は最強の剣使いでした

夜道に桜

第1話

 最初に


ハイファンはカクヨミではどうなんでしょ‥



——————————————————




人の心を斬るのは、剣ではない。言葉だ。


 そして、最も鋭く深く刺さる刃は、身内の口から放たれる。


 


 黎家の武道場に、乾いた木の音が響く。

 模擬剣と模擬剣が打ち合う甲高い音。若き兄弟たちが気を張って稽古に励むその隅で、ひとりの少年が黙々と本を読んでいた。


 黎 雲舟。

剣神の三男にして、剣を学ばぬ異端児。

 剣を捨てた子、学者志望の“でくの坊”。


 


「またかよ、雲舟。お前、ほんとに木偶の坊だな」


 長兄・鋭真が笑った。鍛え抜かれた筋肉と、常に自信に満ちた態度。彼にとって“末弟”とは、苛めるために存在するようなものだった。


 「文字の読みすぎで腕が細くなってんじゃねーか?」


 その横で、次兄・俊悟が肩をすくめる。


 「いっそ筆でも振り回して戦ったら? “書斎剣法”とか言ってさ」


 二人の兄の嘲りは、日常風景だった。


 雲舟はそれに何も言わず、手元の書をめくり続ける。


 


 読んでいるのは『気脈理論序解』。

 武術とは別に分類される、古代の学派による人体論と呼吸術の理論書。

 普通の剣士なら退屈して寝てしまいそうな図表の羅列を、彼は黙々と目で追っていた。


 


「おいおい、なんか言えよ」


 鋭真がからかうように覗き込む。


 雲舟は小さく言った。


 「兄さんたちが稽古に励んでる間に、俺は知を積みたいだけだよ」


 その言い方がまた、兄たちの癇に障る。


 


 「知だあ? 剣神の子が、知識で生きるつもりかよ。夢見すぎじゃねぇの?」


 「母上の死以来、変になったよなぁ。ま、どうせ“使い物にならない子”って周りも思ってるしな」


 鋭真の言葉に、雲舟の指が一瞬止まった。

 が、それだけだった。何も言わずに頁をめくる。


 


 だが、その沈黙を破るように、演武場の扉が重々しく開いた。


 


 「へえ……また本か。相変わらずね、雲舟」


 現れたのは、紅の稽古着を纏った少女。

 剣姫──白蓮。名門・華江家の一人娘。剣の腕は同世代で右に出る者なしと称され、兄たちすら頭が上がらない。


 


「ねえ、何がそんなに面白いの? 剣を投げ捨ててまで、得られるものってあるの?」


 その声は美しくも冷たい。


 白蓮は雲舟に歩み寄ると、ため息混じりに肩をすくめる。


 「私、ずっと不思議だったの。なんであなたが“剣神家”にいるのか」


 雲舟は目を上げずに言う。


 「俺がここに生まれただけだよ。選んだわけじゃない」


 


 「そうね。でも、“選ばれたからには応える”のが、私たちでしょ?」


 白蓮の目は冷たく光っていた。


 「……“でくの坊”。あなたに剣を教えてあげるって何度言ったか覚えてる? 全部、無視されたけど」


 


 鋭真が苦笑いを浮かべた。


 「白蓮、お前も懲りねぇな。こいつ、剣を持つ手すら震えてんだぜ」


 「怖いんでしょ。自分の弱さに向き合うのが」


 白蓮の言葉は鋭く、芯を突いてくる。


 


 雲舟はゆっくりと書を閉じた。

 その動作に、怯えも怒りもなかった。ただ、少しだけ空を仰ぐ。


 


 「剣を振るうとね、心が濁る気がするんだ」


 その言葉に、空気が変わった。


 


 兄たちも、白蓮も──黙った。


 


 「母さんが言ってた。“剣は人を守るものであって、人を傷つける道具じゃない”って」


 その声音は静かで、遠く、どこか寂しげだった。


 


 「……甘いわね」


 白蓮が呟いた。


 「剣を持つ者の覚悟が、そんな“優しさ”だけで務まると思ってるの?」


 そう言って、踵を返す。


 「ま、いずれわかる時がくるわ。“優しさ”だけじゃ、誰も守れないってことが」


 


 雲舟は何も返さなかった。

 ただその背中を目で追い、誰にも聞こえぬ声で言った。


 「それでも、俺は学者になるよ」


 


 彼の手が、本から離れ、畳の上の木刀へと伸びた。


 だが、触れなかった。


 


 誰も気づいていない。

 彼が兄たちの癖を、白蓮の構えを、瞬き一つで見抜いていたことに。


 “剣を学ばぬ者”ではない。

 “剣を知りすぎてしまった者”──それが黎 雲舟だった。 人の心を斬るのは、剣ではない。言葉だ。


 そして、最も鋭く深く刺さる刃は、身内の口から放たれる。


 


 黎家の武道場に、乾いた木の音が響く。

 模擬剣と模擬剣が打ち合う甲高い音。若き兄弟たちが気を張って稽古に励むその隅で、ひとりの少年が黙々と本を読んでいた。


 黎 雲舟。剣神の三男にして、剣を学ばぬ異端児。

 剣を捨てた子、学者志望の“でくの坊”。


 


「またかよ、雲舟。お前、ほんとに木偶の坊だな」


 長兄・鋭真が笑った。鍛え抜かれた筋肉と、常に自信に満ちた態度。彼にとって“末弟”とは、苛めるために存在するようなものだった。


 「文字の読みすぎで腕が細くなってんじゃねーか?」


 その横で、次兄・俊悟が肩をすくめる。


 「いっそ筆でも振り回して戦ったら? “書斎剣法”とか言ってさ」


 二人の兄の嘲りは、日常風景だった。


 雲舟はそれに何も言わず、手元の書をめくり続ける。


 


 読んでいるのは『気脈理論序解』。

 武術とは別に分類される、古代の学派による人体論と呼吸術の理論書。

 普通の剣士なら退屈して寝てしまいそうな図表の羅列を、彼は黙々と目で追っていた。


 


「おいおい、なんか言えよ」


 鋭真がからかうように覗き込む。


 雲舟は小さく言った。


 「兄さんたちが稽古に励んでる間に、俺は知を積みたいだけだよ」


 その言い方がまた、兄たちの癇に障る。


 


 「知だあ? 剣神の子が、知識で生きるつもりかよ。夢見すぎじゃねぇの?」


 「母上の死以来、変になったよなぁ。ま、どうせ“使い物にならない子”って周りも思ってるしな」


 鋭真の言葉に、雲舟の指が一瞬止まった。

 が、それだけだった。何も言わずに頁をめくる。


 


 だが、その沈黙を破るように、演武場の扉が重々しく開いた。


 


 「へえ……また本か。相変わらずね、雲舟」


 現れたのは、紅の稽古着を纏った少女。

 剣姫──白蓮。名門・華江家の一人娘。剣の腕は同世代で右に出る者なしと称され、兄たちすら頭が上がらない。


 


「ねえ、何がそんなに面白いの? 剣を投げ捨ててまで、得られるものってあるの?」


 その声は美しくも冷たい。


 白蓮は雲舟に歩み寄ると、ため息混じりに肩をすくめる。


 「私、ずっと不思議だったの。なんであなたが“剣神家”にいるのか」


 雲舟は目を上げずに言う。


 「俺がここに生まれただけだよ。選んだわけじゃない」


 


 「そうね。でも、“選ばれたからには応える”のが、私たちでしょ?」


 白蓮の目は冷たく光っていた。


 「……“でくの坊”。あなたに剣を教えてあげるって何度言ったか覚えてる? 全部、無視されたけど」


 


 鋭真が苦笑いを浮かべた。


 「白蓮、お前も懲りねぇな。こいつ、剣を持つ手すら震えてんだぜ」


 「怖いんでしょ。自分の弱さに向き合うのが」


 白蓮の言葉は鋭く、芯を突いてくる。


 


 雲舟はゆっくりと書を閉じた。

 その動作に、怯えも怒りもなかった。ただ、少しだけ空を仰ぐ。


 


 「剣を振るうとね、心が濁る気がするんだ」


 その言葉に、空気が変わった。


 


 兄たちも、白蓮も──黙った。


 


 「母さんが言ってた。“剣は人を守るものであって、人を傷つける道具じゃない”って」


 その声音は静かで、遠く、どこか寂しげだった。


 


 「……甘いわね」


 白蓮が呟いた。


 「剣を持つ者の覚悟が、そんな“優しさ”だけで務まると思ってるの?」


 そう言って、踵を返す。


 「ま、いずれわかる時がくるわ。“優しさ”だけじゃ、誰も守れないってことが」


 


 雲舟は何も返さなかった。

 ただその背中を目で追い、誰にも聞こえぬ声で言った。


 「それでも、俺は学者になるよ」


 


 彼の手が、本から離れ、畳の上の木刀へと伸びた。


 だが、触れなかった。


 


 誰も気づいていない。

 彼が兄たちの癖を、白蓮の構えを、瞬き一つで見抜いていたことに。


 “剣を学ばぬ者”ではない。

 “剣を知りすぎてしまった者”──それが黎 雲舟だった。

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