メテオーア
白波/ほわいとうぇいぶ/W.W.
第0話プロローグ『夜明けの城にて』
地平線から太陽が覗いた。空は太陽の辺りを除いてまだ暗く、それは⼀⽇の終わりと始まりの狭間のようだった。
朝露が巨⼤な城の城壁を濡らした。太陽の光が朝露をきらりと輝かせた。城は⼀部が崩落しており、激しい戦闘があったことを雄弁に物語っていた。
城、もとい魔王城で⼀番広い部屋。跡形も無いほどに破壊されたその部屋に⼀組の男⼥が背中を合わせて座り込んでいた。
男は短い黒髪に死んだ⿂のような黒い瞳。整った顔⽴ちの20代ほどの人間だった。簡素な⽩いシャツに黒いローブを纏い、黒い下穿きを⾝に着けており、袖と裾それぞれから鉄⾊のガントレットとグリーヴが覗いていた。
⼥は腰まで伸びた⻑い銀髪に藍⾊の瞳。どこか幼さの残るあどけない顔⽴ちで、10代後半ほどの少⼥だった。そのうえ頭には⽝のような⽿、腰からはくるんとしたふさふさの尻尾が⽣えていた。⾝に着けた鎧と傍らに置かれた背よりも⼤きな⽚刃の⼤剣が鮮紅⾊にぼうっと光っていた。
「全部終わったね」
「お前はこれからどうするんだ?」
「何をしようか。辺境の⼩さな町でパン屋でもやろうかな」
「やめとけ。お前の不味いパンなんか売るな。町が集団墓地に変わるぞ」
「失礼だなぁ。なら、帝国の学校にでも⼊学して魔法の開発でもしようかな」
「多分、お前には魔法理論は理解できないぞ」
思いついたことを否定された⼥は、⼀瞬むっとした顔をした後、頬を⾚らめながら俯いて⾔った。
「なら、私はあなたの隣に居たい」
男は困ったように⾔った。
「きっと悲しませるぞ」
「それでもいい」
「⾟い思いをさせるかもしれない」
「あなたと居られないことの⽅が、私は⾟いよ」
「俺は捻くれているから、きっと嫌な思いをさせるかもしれない」
⼥はくすりと⼩さく笑って⾔った。
「今更?ナルはいつだって捻くれ者でしょ?」
ナルと呼ばれた男が、それからと⾔いかけるとそれに被せるように⼥が⾔った。
「私は、勇者リーベは。いや、私は。リーベは貴⽅が好きなの。勇者とか魔神とか関係ない。貴⽅が好きだよ、ナル」
何も⾔えずにいるナルに、⾃⾝をリーベと⾔った⼥は⾔った。
「ナルはどう?私のこと好き?それとも......嫌い?」
⾃⾝のなさげなリーベの声にナルは⾔った。
「そんなことはない。俺は、お前を⼼から愛している。この感情に⼀切の嘘偽りが無いと、『
⾃信満々に⾔うナルに、リーベは呆れたように溜息をついた。
「あのね、そんな保証なんて要らないの。いい?私は⼤好きな人に好きだって、それだけ⾔ってもらえれば満⾜なの。分かる?」
リーベはナルの⾔葉を待たずに⾔った。
「確かに私はナルと違って不⽼不死じゃない。このままじゃそのうち歳を取っていくし、何十年かしたら死んじゃうよ。だから、あなたのその⾟さを。私にも背負わせて?ナルの魔法で、私もあなたと同じ不⽼不死にしてよ。あなたが居なくなるその時まで、あなたの隣を歩かせてよ」
ナルは⾔った。
「......駄⽬だ。確かに俺は。お前のことが、リーベ好きだ。こんな俺の隣をリーベが歩いてくれるなら、それは素晴らしいことだと思う。だからこそ。だからこそなんだ。お前に不⽼不死のこの呪いを背負わせるわけにはいかないだろ......」
リーベが⾔った。
「ナルが苦しんでるのは知ってるよ。だからこそ、私はあなたとそれを共有したいの。別に、完全な不⽼不死は求めてない。言ったでしょ?あなたが居なくなるその時まで、⼀緒に居られたらそれでいいの」
リーベは、「それに」と⾔葉を続けた。
「私、帰ったら色んな男性から求婚されるかもよ?だって、多くの命を奪った魔王を倒した勇者だよ?もし、その⼈たちの中の誰かと結婚したら、ナルは悲しいんじゃない?」
それは、リーベがナルに愛されており、それを自覚しているからこそできる脅迫だった。
「......その時はこの世から男を絶滅させる」
リーベはナルの⾔葉に吹き出して笑った。
「愛が重いなぁ。でもそんなナルも⼤好き」
ナルはもう根負けしたといった様⼦で⻑いため息をついた。
「分かった。分かったよ。不⽼にはしてやる。だが不死にはしない。あくまで、俺が死ぬまで限定だ。それでいいんだろ?」
リーベは⼼から嬉しそうな顔をした。
「うん。ありがとう、愛してる」
両者は⽴ち上がり、⾒つめ合った。瞳には愛情が溢れていた。
「そういえば。【
リーベが悩んでいると、ナルが⾔った。
「俺のその魔法。それ以外に使える全ての魔法を代償に、お前を不⽼にする」
リーベは困惑した様⼦をした。
「え?本当にそんなことしていいの?だってナルの魔法は全部、あなたの昔の仲間たちとの思い出でしょ?そんなの、悪いよ」
ナルはどこか遠いところを⾒ていた。
「いいんだ。俺の魔法はアイツらの為のものだった。だから魔王を、アイツを倒した今。新しく⼀歩踏み出すべきなんだ。これは、俺なりのケジメの付け方なんだ。だから、リーベは気にしなくていい」
リーベは、「そっか」と零して笑顔を浮かべた。⽉のように優しい笑顔だった。
ナルは右⼿で床に触れ、魔法を発動させた。
「【星に願いを】」
周囲に大きな⼋⾊の魔法陣が展開されると、ナルの⼼臓のあたりから絶えず⾊を変える球状の何かが、無数に⾶び出し、魔法陣に取り込まれて霧散した。
その瞬間、万色に優しく輝く光球が魔法陣の中から現れ、リーベの体に溶け込むようにして消えた。
「...成功したのかな?⾒た⽬も変わらないし、よく分からないや」
「そういえば、魔王が俺にかけた呪いはどうなったんだ?」
「【
二人はナルの指を⾒た。すると右⼿の⼩指の⽖が黒く染っていた。
「わぁ。黒くなってるよ?ならどっちも成功なんじゃない?」
「いや、これだけで判断するのもな…」
⼆⼈は少し考えこんだ。そしてナルが⾔った。
「まあ、俺が【星に願いを】以外の魔法を使えば分かるか」
ナルは魔法を発動させた。
「【
炎属性最低位の魔法――小さな炎を⽣み出すだけの単純な魔法の魔法陣がナルの⼿に展開された。
しかし、突如として魔法陣は薄氷が割れるようにヒビが入り、⽡解した。
「......成功したって事だよね?」
「【星に願いを】は、確かにリーベの願いを叶えた。【魔王呪術】は俺が最後を迎えるための一歩を踏み出させた。そういうことだろう」
⼆⼈の間に少しの静寂が流れた。
その静寂を破るように、リーベが⼝を開いた。
「もう⼀つだけ、いや、欲を⾔うならもう⼆つ。ナルにお願いがあるんだけど......」
リーベは笑って⾔った。
「まあ、ここまで来たら⼀つ⼆つの違いなんて⼤したことじゃない。聞くだけ聞こう」
「⼀つ⽬はね。ちゃんと私と夫婦になって欲しいの」
「構わないが、今更だろ」
「いいじゃん、別に!⼆つ⽬は......いや、やっぱりいいや。これは⼤事な時のために取っておくね」
「...そうか?まぁ、それもいいだろ」
「うん。そうしたい」
「そうか」
ナルはリーベに片膝を着き、片手を差し出した。
「リーベ・トレーネ嬢。あなたを心から愛しています。私の妻として、共に永い時を歩んでいただけますか?」
「ナル・メテオーア殿。貴方からの求婚、謹んでお受けいたします。伴侶として、私の命が尽きるまで貴方を支えましょう」
彼らの影が重なった。
彼らを暖かな夜明けの⽇差しが包んでいた。
彼らの唇が優しく重なり合った。
彼らの新しい⽇々がここから始まっていく。
そんな優しい⼝付けだった。
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