第7話

第七話 くノ一が家に泊まりに来た件について


「今日から、ここで“研修”受けるから」


開口一番、お銀がそう言った。


昨日、俺の命を狙ったばかりのくノ一。

今朝、勝手に部屋に布団持って来た。


「研修って、なに?」


「営業。あんたの“未来知識”ってやつ、学んどけって殿が」


「え、殿が…? 勝手にルームシェア決められたんだけど俺!?」


***


江戸の町にある俺の長屋。

そこに、お銀が普通にいる。しかも、

「台所借りるね」とか言って卵焼き作ってる。

くノ一のくせに家庭力たけぇな。


「……ねぇ。そんなにジロジロ見ないでくれる?」


「いや、くノ一って忍ぶ側じゃないの?」


「忍んでるじゃない。あんたの心に」


「え? 今なんて?」


「なんでもない」


ツンなのかデレなのか、どっちにしてくれ。


***


夜。

俺が布団に入ってウトウトしてたら、隣の部屋から物音がした。


「……くそっ、やっぱり寝れない」


見に行くと、お銀が窓辺で月を見てた。

いつもの強気じゃなくて、ちょっと寂しげな背中。


「こんな風に誰かと同じ部屋で過ごすなんて、初めてなの」


「そうなんだ」


「敵だった相手に……ね」


「もう敵じゃないだろ?」


「そうね」


その瞬間、お銀が少しだけこっちを見た。


「……たまには、頼ってもいい?」


その表情は、まるで――普通の女の子みたいだった。


無職とくノ一。

人生どん底と、命がけの任務。

ちぐはぐな2人が、今だけは同じ空間で、同じ時間を過ごしている。


こんな就活、聞いてねぇよ。


でもちょっとだけ、悪くないかもなって思った。

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