第31話:忍びの里、筋肉と情報の暗躍

 今川幕府の盤石な統治体制が確立されつつある中、義元は、天下泰平の世をより強固なものとするための「見えざる筋肉」を求めていた。彼の目は、伊賀と甲賀という、日本の影を支える二つの忍びの里に向けられていた。


 清洲城の、とある密室。義元は、伊賀の服部半蔵と、甲賀の望月出雲守を前に、堂々と腕組みをしていた。二人の忍び頭は、義元の隆起した胸板と、そこから放たれる底知れぬ圧に、平静を装いながらも、内心で強い警戒心を抱いていた。彼らがこれまで出会ってきたどの戦国大名とも違う、異様な存在感だった。


「お主ら、忍びとは、影を生きる者。素早く、静かに、そして正確に情報を集め、敵の命を刈り取る者よな」


 義元の言葉に、半蔵が恭しく頭を下げた。「ははっ。その通りにございます」


「フッ……だが、その肝心の素早さ、静かさ、そして正確さは、何によって生まれる?」


 義元の問いに、半蔵は言葉を詰まらせた。義元は、やおら自らの上腕をピクリと動かすと、その筋肉の躍動を、二人の忍び頭に惜しみなく披露した。その肉体から放たれる圧倒的な「圧」に、二人の心臓が不規則に脈打つ。それは、彼らの「忍びの常識」を根底から揺さぶる「違和感」だった。


「良いか。忍びの技も、この筋肉によって支えられておるのだ! 筋肉がなければ、素早く走ることも、高く跳ぶこともできぬ。筋肉がなければ、長時間の潜伏に耐えることもできぬ。筋肉は、忍びの技の根幹をなす、最も重要なものだ!」


 義元の言葉は、二人の忍びの心に、直接語りかけるかのような「身体性」を伴う衝撃を与えた。彼らは、義元の「筋肉理論」が、単なる狂気ではないことを直感的に理解した。そして、その理論が、彼らの忍びの技を、さらに高みへと導く「合理的な理屈」であることを悟り始めていた。彼らの胸では、「殿の言葉は意味不明だが、この筋肉は本物だ……」という「困惑」と「期待」が激しくぶつかり合う「感情の膨張」が起こっていた。


「よって、お主らの忍びの里にも、『特別な鍛錬』を課す! 忍びの技を磨く傍ら、より素早く、より静かに動くための筋肉を鍛えよ! 筋肉を鍛えた忍びは、いかなる情報も掴み取り、いかなる敵も討ち取ることができる!」


 義元の言葉に、半蔵と出雲守は、互いに顔を見合わせると、やがて深く頷いた。彼らの心には、「殿の仰せの通りにすれば、忍びの技が飛躍的に向上するのかもしれない」という、新たな「価値観の発動」が芽生えていた。


「は……ははっ! 御意にございまする! この忍びの里、殿の御期待に沿えるよう、身命を賭して、筋肉の鍛錬に励みまする!」


 二人の声が、密室に響き渡る。この日、今川幕府は、影の世界にまで「筋肉理論」を浸透させ、最強の情報網と隠密部隊という、新たな「筋肉」を手に入れたのだった。

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