第10話「決別」

 ドクターが息を引き取ってからしばらく経ち、931小隊は副団長のウィリアムと話していた。


 ドクターが亡くなった今、トリニティ医者団のトップは彼になったからだ。


 カレッジは、ウィリアムにドクターの遺言を伝えた。


「なるほど……ノアーズシティにキレート剤を届けてくれと」


「はい、しかし何故私たちにそう頼んだのか……」


「エデン地区からノアーズシティまではかなりの距離があります。それに、周りには汚染地域が多数……さらに最近、盗賊やテロリストの襲撃が多くなっていて、とても我々だけではたどり着けないんです」


「たまに傭兵やPMCを護衛に雇うのですが……慈善団体である我々があまりそのような物騒な方々を積極的に雇う経費もないもので……」


「なるほど……」


「しかし、エデン地区の治安維持をなされているあなたたちが、本当にここを離れても大丈夫なのですか? 最近は特に物騒ですし……」


「そこは、なんとかします。とにかく我々は彼の願いを叶えたいんです」


「……わかりました。どうか、よろしくお願いします」


「こちらこそ……命を助けていた恩を、全力で返します」


 そうして、931小隊は野戦病院を後にした。帰り道、みんながアイリスを心配した。実親も当然であるドクターが亡くなったことを、受け入れられてないのではないかと思ったからだ。


 ――しかし、彼女の心はは着実に強くなっていた。


「なぁアイリス、大丈夫か……? 無理はするんじゃねぇぞ」


「マグの言う通りだ。もし何かあったらすぐに……」


「マグノリアさん、ゲイルさん、大丈夫です。私……大切なものを失うつらさも、守る喜びも……全部体験しましたから」


「アイリス……」


「それに……私はひとりじゃないです……! みなさんがついてるじゃないですか! 耐えられない時は……頼らせてくださいね!」


「……もちろんだ、みんなで支え合おう!」


 みんなの絆がより一層深まった気がした。


 しばらくして、931小隊はインターセプト本部へ帰還した。しかし、基地に入るとすぐにアンジェラとトール少佐がカレッジたちに駆け寄った。


「全員こっちに来い! 早く!」


 カレッジたちは突然のことに混乱した様子だった。


「アンジェラ、一体どういうことだ?」


「いいから急げ!」


「うわっ!? ちょ……!」


 トール少佐がカレッジの手を掴んでどこかへ連れて行く。それにつられて他の隊員も2人についていった。


 到着したのは、基地から少し離れた場所にある非常用シェルターだった。


 中に入ると、ウォレンと別の部隊の隊員がいた。しかし、よく見ると隊員のほとんどがダアト人の子であった。


「アンジェラ何があったんだ! 教えてくれ!」


「……ここは、もうじき戦火に包まれる」


「なんだって!? どうして……!」


 彼女が口をつむぐ。すると、奥の方から誰かが歩いてくる。


「カレッジ……来たか」


「サイラス!? どうしてここに……?」


 カレッジの前に現れたのは管理局副局長のサイラスだった。彼は深刻そうな顔で事情を話し始める。


「……先程、管理局で大規模会議があったんだ。もちろん私も参加していた」


「そこで私はアイン・ソフ・オウルの実態と、ダアト病の感染源であるFFウイルスについて発表した」


「……そしたら、局長はとんでもないことを言い出したんだ……」


「なんと言ったんだ?」


「……『ダアト人を根絶せよ』と」


「……は?」


 カレッジはサイラスの言葉を理解できなかった。散々エデン地区のために戦ってきたダアト人を殺せなど、どう考えても正気の沙汰じゃない。


「……もちろん私も含めて多くの職員が猛反発した。なぜそんな残酷なことをするのか意味がわからないからだ」


「だが局長が言うには、もしダアト病の感染力がなくとも、子供の代に発現する可能性は否定できないと……もし放置すれば純粋な人間はこの世からいなくなるかもしれない」


「……たから、彼は『純粋な人類の保護』を目的に、現段階でエデン地区からダアト人を消し去るつもりらしい。そうすれば、必要な犠牲は少なく済むと」


「……狂ってやがる」


「だがもちろん私たちが黙っていられるわけがなかった。局長側に立つダアト人根絶派と私を含め多くの職員が賛成しているダアト人保護派で大きな対立ができてる。近い内に内戦が起きるだろう……」


「そうすれば、必然的にインターセプトも分裂する。もしそうなればダアト人の隊員の命が危ない。だから状態が落ち着くまでここに避難することにしたんだ」


「……そうか」


 カレッジはしばらくの間沈黙した。ここにいても、いずれ戦いに巻き込まれる。


 それに単なる派閥争いに留まるはずかない。カルペディエムやアイン・ソフ・オウルなどもこれをチャンスと捉え、侵攻してくるかもしれない。


 ――カレッジは、遂に重い口を開いた。


「サイラス、ひとつ提案があるんだが」


「なんだい?」


「……我々931小隊は、ここエデン地区を離れようと思う」


「え……? それは……どういうことなんだ!?」


「落ち着け、これはお前たちにとっても最善の手段だと思うんだ」


 そうしてカレッジは考えた策をサイラスに話し始めた。


 まず我々931小隊はトリニティ医者団からシャードニウム中毒の治療薬をノアーズシティに届けてほしいと言われていること。


 次に、ダアト人を戦火から逃がすには別の土地に行くのが一番安全であり、その避難場所も同時に探せること。


 最後に、外の世界の情報を仕入れ、内戦終了後に復興のためのアイディアを考えることができること。


 すべてを考えて、一時的にここから脱出するのが得策だと説明した。


「戦力が減るのは痛手だと思うが……サイラス、お前ならなんとかできるはずだ。インターセプトにも良識をもつ隊員は多くいる。説得すればきっと仲間になってくれるはずだ」


「……そうか、わかった。頼むぞ、私が必ずエデン地区を治めてみせる……!」


「信じてる、だが……当分戻らないと思ってくれ。私は怒ってるんだ、必死にここを守ってきたのに……命を粗末にした管理局に」


「ああ、必ず変えてみせるさ。この現状を……」


「……明日の夜明けに出発する。装備とメンバーを決めて、メッセンジャーにも連絡を取る」


「わかった、頼んだぞ戦友……」


 ――先の見えない中でも、931小隊は希望を目指していた。

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