Side story「懐かしい温もり」

 マスターと話をした後、ジュインは自室に戻って布団を被った。また明日も、差別や人の死があるかもしれない。それでも希望を持って進もう、そう思って目をつぶっていたのだが……


「でも……怖いな……」


 恐怖で体が震える、やはり悪夢に魘されそうで、まったく寝付けない。もう1週間は悪夢を見ない日は無かった。何度も寝返りを打つ、耳の中で爆発音や叫び声が反響しているような気がした。


 人肌が寂しい、クルムがいれば、ぎゅっと抱き締めていたのだが……あの子は、いない。


「……やっぱり、ダメだ……」

 

 静かに布団を払い、眠い目を擦ってほぼ無意識にバラックを出る。半分外の薄暗い廊下を、摺り足で歩いた。


 向かったのは、マスターの部屋。ノックもせずに、こっそり扉を開けて忍び込む。

 

 部屋は窓の月明かりが僅かに照らし、マスターはベットで寝息を立てていた。まさか、寝ている時ですらバンダナを着けているとは思わなかったが……

 よっぽど顔を見られたくないのだろうか。


「んっ……どうしよう……」


 ジュインは深く悩んだ。勝手に布団に入ったら、怒られるかもしれない。ましてはそんなとこを他の隊員に見られたらどうしようかと。


 ――だが選択肢はもう既に決まっていた。


「……夜明け前に起きて、出ていけば大丈夫……」


 ジュインは布団の端を少しだけ持ち上げると、ためらいながらも、もぞもぞとその中へ。


 マスターの匂いがふわりと鼻腔をくすぐった瞬間、彼女の表情が一気に緩んだ。


「……あったかい……」


 トラウマの冷気に晒された心が、ゆっくりと溶けていく。


 懐かしい、クルムと一緒に寝ていた頃を思い出す。ジュインは姉として、妹を安心させようと添い寝をしていたが、もし自分が妹で兄でもいれば、こうして甘えていたのかもしれない。


 マスターの大きな背中は、とっても安心する。部隊のリーダーとして隊員を導く彼は、まるで父や兄のような存在に感じられた。


 やがて、ジュインはマスターの背中にそっと額を預け、微かな寝息を立て始めた。


「すぅ……ふぅ……」


 ――暖かさと優しさに包まれて、幸せだった。その夜は、悪夢なんてちっとも見ることは無かった。


 そして長い夜が明け、ジュインは目を覚ました。

 朝日がカーテンを照りつけ、柔らかい光が差し込んでいた。


 (ん……あれ……?)


 目の前にあったのは、安らかなマスターの寝顔。

 そして自分はマスターの胸元にうずくまっていた。


 (……え? あっ……うそっ……!)


 やってしまった。数時間だけ側で寝るつもりが、あまりにも心地よくて、気づけばすっかり日が昇っていた。


 ジュインの顔が真っ赤に染まる。胸の鼓動が早くなり、心音がハッキリと聞こえた。


 (あぁぁぁぁ! もう! 何してるの私……!) 

 

 ジュインは急いで部屋を出ようと身をよじって、布団から離れようとする。マスターと他の隊員が起きる前に、なんとしても部屋に戻らなくては……


 ――しかし


「ん……ジュイン?」


 マスターはとっくに目を覚ましていた。眠そうで、低い声が聞こえた。マスターはなぜ自分の横でジュインが寝ているのかわからず、少し驚いていたが、朝の微睡みのせいか落ち着いていた。


 ジュインはその声に、一瞬体がビクッと震えた。


 (最悪……! もう、どうすれば……)


 ジュインは苦し紛れにサッと顔をそむけ、聞こえないふりをした。が、その瞬間。マスターの腕がふわりと彼女の腰に回った。


「ふぇ!? あ……え……ま、マスター……!?」


「……安心して、ちゃんと寝れた君を見るの、久々だったから」


「え……?」


 思えば、悪夢を見なかったことはもう1週間もなかったのだが、この時だけは見なかった。


「ずっと……悪夢にうなされてたでしょ? 僕は、君が安心して寝る所を見れて嬉しいよ」


「だから……もう少しだけ寝ない? まだ早い時間だし……それとも嫌だった……?」


 その言葉に、ジュインは固まってしまった。


 (ずるいよマスター……そんなこと言われたら、部屋に戻れない……!)


 結局逃げたすのを諦め、ジュインは目をぎゅっと閉じた。

 

 マスターのぬくもり、優しい声、落ち着いた心拍……すべてがジュインの傷ついた心に染み渡る。


 (もう少し……もう少しだけ……)


 ジュインはマスターのシャツをつまむようにし、再び眠りへ落ちていった。

 

 朝の静けさの中、2人の寝息が交差する。それは束の間の、平穏な時間……地獄のような日常に差し込む、ささやかな光だった。


 一方その頃、外では。


「ふぇ~おはようマグ、眠れた?」


「なぁゲイル、指揮官とジュインを見なかったか?」


「ん? 見てないけど……まだ起きてないのかい?」


「ああ、気になってジュインの部屋を見たんだが……いなかった」


「え? おかしいなぁ……2人とも朝は早いはずなのに……」


「ちょっと指揮官のプレハブを見てくる」


 マグノリアは2人がいないことを不信に思い、マスターの自室へ慎重に入っていった。

 

 するとそこには……


「すぅ……すぅ……」


「!?」


「な……!?」


 マスターの腕の中で、すやすやと安眠するジュインの姿があった。


 まさか、あの指揮官に添い寝を強要されたのでは……そんな考えがマグノリアの脳裏に浮かんだ。

 

 ピキピキと、眉間にシワがより、鋭い犬歯が剥き出しになる。


「……この」


「この変態指揮官がぁぁぁ!」


 マグノリアの一喝に二人は驚いて飛び起きた。


「うわぁーっ!? ま、マグノリア!?」


「きゃっ!? マグ! あの……これは……違うの!」


「躊躇うなジュイン! コイツに脅されたんだろ!?」


 「オラ! 反省しろこのスケベ指揮官が!」

 

 マグノリアがマスターの胸ぐらを掴んで思い切り揺さぶる。

 

「違うんだーっ! 許してくれマグーっ!」


「マスター……! すみません! 私のせいで……」


 (でも……暖かかったなぁ……)

 

 ――慌てて謝罪するマスターを横目に、懐かしさを感じるぬくもりを噛み締めていたジュインであった。

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