第4話「18億の生存者」

 ――崩れかけたコンクリートのビル、錆びついた鉄骨。粗末なバラックが無秩序に並ぶ、エデン地区中央の街。

 

 マスターはその中を、重い足取りでゆっくりと歩いていた。パトロールという名の黙考の時間だ。


 なぜこの世界は破滅し、人類は衰退したのだろうか。

 

 それは今から数十年以上前のことである。

 2030年~2040年代、人類の科学技術は急激に発展し、飛躍的な進化を遂げた。

 

 AI、ドローン、遺伝子工学、そして“人に限りなく近い存在”――アンドロイドやヒューマノイドの研究は、夢のような未来を約束するはずだった。


 ――しかし、ある1つの問題が現れた。


 2058年、地球人口は予想を遥かに上回り、90億人まで急増した。

 

 これにより人類は深刻な食糧不足と資源不足に陥った。

 それに加え、地球温暖化の影響により異常気象による気候変動、自然災害、感染症などが深刻化した。


 そのため、世界各地で紛争やテロが多発、大規模な難民などを産み出した。


  ――そして、それが終わりの始まりだった。


 2062年、大国間の関係が決裂し、第三次世界大戦が勃発した。世界中の国家も連鎖的に戦争に参加した。

 ドローン、EMP兵器、強化外骨格などの現代技術の総力戦となった。挙げ句の果てにはバイオ兵器やAI兵器、局所的な戦術核の使用まであった。


 そうして3年後……2065年、戦争が終結し、地球に残ったのは放射能や有害物質で汚染された汚染区であった。


 90億人いた人間は、第二次世界大戦時よりも少ない18億人まで減少した。

 

 こう見るとかなり生き残っているように思えるが、世界中の72億人が死亡したため、文明は衰退しかかっている。

 

 世界は国という枠組みをほぼ失い、自警団・民兵組織・カルト教団・企業都市などが覇を競い各地に「集落」「村・町」「自治区」など新たな共同体が誕生した。

 

  高度技術(AI、アンドロイドやヒューマノイドなど)は一部に遺されるも、ほとんどの地域では失われた「遺産」扱いとなっている。


 これが世界の滅びた原因である。

 残された人類は細々と今残っている文明を維持する他なかった。

 

 現在、総面積600km²のエデン地区には約10万人の人が暮らしている。


 街の片隅では、破れた服を身にまとった子どもたちが、瓦礫の陰からマスターを見つめている。

 その視線には希望も信頼もなく、ただ怯えと警戒だけがあった。


 マスターは、胸の奥が鈍く痛むのを感じながら、ゆっくりと歩みを進める。


 貧しくとも懸命に生きようとする市民、しかし中には恐怖と偏見による差別をする人も存在する。

 マスターは複雑な気持ちでパトロールをしていた。

 ジュインたちのような、ダアト人を差別する存在は断じて許せない、だが危険に晒される市民を見捨てることもできない。

 

 ――正しさと守るべきものは、いつだって食い違う。


 自分はただの一軍人であり、指揮官だ。この街の政治などに介入したり、口出しする立場ではないのは理解している。だが、それだけで割り切れるほどこの街の状況は単純ではない。


 ――この苦いジレンマに、終わりが訪れる日は来るのだろうか。

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