Morning star
──腹が、減った……。
大あんまきのネオンサイン見たせいか、そういや起きてから何も口にしてなかったことを思い出した。というか、そんな時間はなかった。
「さぁて、どーすっかなぁ……我慢してスポーツバレーまで引っ張った方がいいか」
しばらく体を起こして楽な姿勢で、バイクを惰性で走らせ考えをめぐらす。日の出前のド深夜なので、早々開いてるところが少ない上に大抵は牛丼屋かコンビニだ。23号線と合流する手前に確か松屋があったはずだが、ちょっと待て、スポーツバレーまで引っ張れば牛丼以外にもいろんなメニューがある。腹の虫は早く何か食わせろと反乱を起こしかけているが、それをなだめすかしつつ、再び体を伏せ、ZXRに鞭を入れて知立から刈谷に入った1号線の直線をひた走る。
トヨタ車体の工場が近いせいか、住宅や今は営業時間外の小さな店、工場、営業所に混じって巨大な箱を適当に置いたような倉庫が目立つ。時折大型のトラックが出入りするらしく、左側車線が軽い渋滞を起こしている所もあるが、そこは車線変更して躱してゆく。やがて再び数を増した住宅や小さい工場などが続くが、途切れて再び夜に沈む田んぼや畑などが目立つようになってくると、もうそろそろ23号線と合流するランプが見えてくるはず……。
そしてそれは正面に見えてきた。青地の行き先案内看板にやや斜め方向に矢印が掛かれており、その矢印の先には"四日市"の文字。そして途中には逆おにぎりマークに"23”の文字が。その下には"この先600m"──この先で分岐することをドライバーに伝えていた。もう1枚にはまっすぐ伸びる矢印に"1"の文字と"名古屋"の文字。1号線名古屋方面行はこのまままっすぐ行ってくださいと語りかけて来る。鈴鹿は四日市の向こう側。なので、23号線に入る。
23号線連絡路へ分岐する直前に川を渡る。そんなに大きい川ではないが、この川は三河と尾張の境目を流れる川だと聞いた。その川の辺りの上空を、赤の衝突防止灯を等間隔で輝かせる背の高い赤白塗分けの送電鉄塔群が林立し、黒い星空に向かってそびえたっている。その間を幾筋もの送電線が夜空を切り取り、細分化する。
連絡路へと進入し、夜空へ飛び出しそうな上り坂で高さを稼ぎつつ名古屋市街地へと続く1号線が名残惜しそうに右へ分岐してゆく。それなりの傾斜なのは横を走っている名鉄名古屋本線を跨ぐからだ。加速しつつレーンの右端を走り、次第にキツ目の左コーナーが迫ってくる。ブレーキを掛けつつシフトダウン。フロントに荷重が掛かり、そのままレースに使用しても差し支えない倒立式フロントフォークが沈み込む。
俺は腰を浮かしてイン側へとずらす。ブレーキリリース。同時に浮かせてた腰を落とし、コーナーの出口をヘルメットの奥から眼鏡越しにねめつける。
バイクが、俺が思ってる想像上のレールをトレースするようにコーナリングを始めた。両側のガードレールが、渋滞が頻発する昼間では味わえないような速度で後ろへとすっ飛んで行き、コーナー出口方向を示す矢印が規則的に現れては視界外へとあっという間に過去になって行く。
「あー久しぶりのコーナー楽し~♪」
ヘルメットの下で上手くコーナリングしていることに思わず笑みがこぼれた。蔵王山や本宮山で何度も味わっているこの感覚は、バイク乗りでないと判らないかもしれない。しかし、バイクに乗ってるからこそ、車よりも楽しめるんじゃないかと思っている。
1車線の車道を斜めに横切るかのように左側をかすめてバイクはコーナー出口へと向かう。アクセルを開けて旋回力を高めつつ、落としていた腰をシートに戻してしばらく続く直線に備える。
ZXRのエンジンは何の不満もなく力を発揮し続け、住宅地でははばかられるような族っぽい音を立てるマフラーからは、高音の抜けるような気持ちいい音を幾ばくかの罪悪感を染み込ませて奏でている。照明が林立し、ヘッドランプ無しにでも十分見えそう位明るい道路周りは、昼間と同じような景色が現れては俺の横を通り過ぎ、全ては"昔"へ押し流される。夜明け直前のせいか、やや涼しさを感じる気温とディーゼル臭が満ちている空気の中、緩い右コーナーをほぼ直線のように加速しつつ、23号線名古屋方向の道を高架で跨ぐ。もうすぐ合流点だ。
右側からさっき跨いだ23号線が、俺が走る連絡路に寄り添ってくる。合流するトラックなどがないかを確認し、進路がクリアーな事を確かめるとウインカーを出して合流する意思を示す。
俺はふと何かに誘われたように左側の方を見た。田んぼや畑、林などが夜の帳の向こう側に落ちているが、そのはるか彼方──なだらかな、ほぼ平地と似たような高さに見える低い山際と接する空の色が、僅かに黒から明るい方にグラデーションが掛かっているのが見えた。
「いつの間に夜明け……というより
1号線走行時は自分の背中の方向だったせいもあって、東の空が白み始めていることに気が付かなかった。
日の出前の1時間位から東の空が真っ暗闇からわずかづつ明るくなってくることを天文薄明と呼称するそうだ。この風景の美しさは、天文の教科書に代表例として俺の視界に映る全てを限りなくそして無駄なく凝縮し言葉というカタマリにして載せたい衝動に駆られる。
そこ以外のまだ夜が支配している部分では、そろそろ店じまいと思っているのか、星たちがその輝きを小さくしているように感じられた。街の明かりや明るすぎる街灯のせいもあるが、2等星でも見えづらいと感じる。
「岡崎で4時前だったから多分4時半前後か。これならギリギリスポーツバレーに着けるか……な?」
岡崎から1号線と23号線が合流する場所がある豊明まで30分前後で来ているはずだから──頭の中で概算をした俺はとりあえずは順調に来ていることを確認した。
1号線よりもトラックの量が増えた23号線、通称"名四国道"を周りに合わせた速度で走っている。いくらかはオーバーペースだが、仕方がない。
片側3車線の名四国道を、時折トラックや同じ方向に走るバイクと並走しつつ、真昼間のように渋滞に悩まされない快適な速度で駆け抜ける。街に近いせいか、風は湿度が高めで生ぬるい。しかし、不快な感じまでには至っていない。
小高い丘を越え、時折分岐するランプ等を見送り、行き先を案内する看板を視界の片隅でチラ見しながらサイドミラーで後続から速い車やバイクが居ないか確かめる。
走る車線は基本3車線の真ん中。そこが一番ストレスなく走れる。左折する車に影響されず、追い越されるプレッシャーを感じないからだ。
やがて左側に名古屋高速へ分岐するランプが現れる。そういやまだ名古屋高速乗ったことないなぁ……でも今の所は名古屋の街の中行く予定もないしなぁ。
名古屋高速へと分岐する道は、ナトリウムランプで飾り付けをしてるようにオレンジ色に染まり、進むにつれ空へと続く様に駆け上っていくように見える。その後、その道は暫く俺の上を、日の出を迎えて西へと退く夜の帳を見せないかのように絶妙な高さで覆いかぶさって同じ方向へ向けて走っている。
しかしそれはいつまでも続かない。やがて名古屋高速は右へとスイングして23号線から分かれて行こうとする。その手前で、俺は信号に引っかかった。
名古屋市南区丹後通4丁目交差点。いささか排ガスや天候などで傷んだ塗装を晒した歩道橋が、23号線と右へスイングする途中の名古屋高速との間の高さに、行き先看板を提示しながら佇んでいた。左側には24時間営業のオレンジ色の看板が目印の牛丼屋。流石に夜明け前のド早朝の店内にはぱっと見客はいなさそうだった。
ここに来る途中、俺に置いてかれた10tかそれ以上のトラックが数台、ディーゼルエンジンのにぎやかな音とブレーキの軋む音を響かせて俺の横の車線にその車体を止めた。その直後、後ろからヤマハっぽい大排気量でやや濁ったエンジン音がしてきたと思いきや俺の真横に1台のバイクが停車してきた。
何気なく視線を隣に向けた──思わず声が出た。
「OW01……!」
2年前に発売された、FZR750Rというヤマハの750ccレーサー市販バージョン。"OW01"は元になったレーサー開発時の呼び方だ。確か1台200万はするバイクで、それでも抽選即完売したモンスターマシン。横に並んできたのは、昨年鈴鹿8時間で優勝した化粧品会社がスポンサードしているカラーリングそのままという気合の入れよう。というか、昨年優勝したマシンに公道走れるように保安部品付けました、な感じ。
俺が視線をそれに釘付けにされているのを感じたのか、隣のバイクのライダーがヘルメットのバイザーを上げながらやや大声で、
「鈴鹿行かれます!?」
「はい!」
「僕もそうです!お互い鈴鹿までがんばりましょう!」
「そっちも!お気をつけて!」
「それじゃ鈴鹿で!」
俺も彼も意図せず同じタイミングで左手を上げた瞬間に信号が青になった。すぐさまクラッチミートをして再びマシンは鈴鹿へ向けて駆け出す。隣のOW01は排気量が倍近くある上に保安部品外せばレース車両として使えるバイクなので、俺のZXRとはポテンシャルが違いすぎる。俺もスタートは上手く行ったと思ったが、向こうは俺ほど気を遣うこともなく、さながら軽くクラッチ繋ぎました様な涼しい顔で俺を置き去りにしてテールランプを見せつけた。向こうもレース仕様のサイレンサーに替えてあるらしく、ヤマハらしいやや濁ったエンジン音を周囲にとどろかせつつ、やがて他の車両のエンジン音にかき消される。
「……やっぱレースに使うようなバイクは速ええ……」
トラックは置き去りにはしたが、OW01には置き去られて再び俺は単独行になる。
両側にある工場からはえもいわれぬ微妙な化学臭が漂ってくる空気の中を、引き込み線を跨ぐように陸橋を上下し、前方の信号が青になっているのを確かめてアクセルを開け続ける。東海地区では有名なフレーズのCMを流すリース会社を過ぎると再び側道を分岐した後に高架部分を駆け上がって行く。
──さっきと比べると、朝の光が少しづつ夜の暗さの領域を侵食しているかのように見えた。
星たちは、店じまいをしてる真っ最中だ。
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