行方不明者は私でした。

春海

第1話 台本にない記憶

「本当にあなたのことが大好きだったの。来年も、再来年も、一緒にいたかった。

来世では、絶対にふたりで幸せになろうね。約束して……破るなんて、許さないから。」

「……はいカット!」

スタッフの声が穏やかな春の夕日が照らす病室で鳴り響いた。まるで止まっていた心臓から血が流れるように緊張が解けていく瞬間が自分でもよく分かる。

「美花ちゃん今日も良かったよ、この作品は間違いなく売れる。俺の映画監督としての感がそう言ってんのさ。」

「ありがとうございます監督、そのようなお言葉をいただけるなんて光栄です。」

「ほんとだよ美花ちゃん。俺は嘘は言わないからね、特に美花ちゃんみたいな可愛い女の子にはさ。じゃあ次の撮影もよろぴく~」

去っていく監督を見送ったあと、スタッフから渡されたペットボトルの水を一口飲んだ。

私、清川美花は18歳で女優としてデビューしたあの日から、今年で5年目を迎えようとしている。

今撮影していたものは来年公開予定の恋愛映画だ。主人公の男の子が、余命わずかのヒロインに恋をする──そんな運命を前に、彼は自分の命と引き換えに臓器を提供する。彼女は助かるけれど、そこに彼はいない。そんな悲しい物語だ。

オーディションを経て、無事ヒロインに抜擢されたものの毎日稽古に役作りに勤しんでいる。この業界は弱肉強食そのものだ。誰もが生き残るためにもがき、苦しみ、誰かを蹴落とす瞬間を狙っている。自分が売れるためなら手段を問わないのだ。

「美花さん撮影お疲れ様でした!この後雑誌のインタビューがあるので予定通り待ち合わせ場所に直行します。」

そう話しかけてきたのは三郷さあや、私のマネージャーだ。彼女は天真爛漫という言葉がとてもよく似合う。小柄な身長と童顔からは想像つかないが、年齢は私より3つも上だ。私は頷きながら、三郷マネージャーが運転する車の後部座席に乗り込む。

車が発進し、ここから約30分の道のりを私は密かに楽しみにしていた。彼女が運転する車は良く言えば賑やか、悪く言えば騒がしいのである。少し仮眠を取りたくても彼女のトークはいつも止まらない。一度眠いから静かにしてほしいとやんわり頼んだことがあるが、その時の彼女の浮き足が立つ様子に目がいってしまい、結局眠ることなく目的地についた。それ以降私は車移動の際は、彼女との雑談に当てることにしている。雑談といっても8割は三郷が話しているのがお決まりだが、仕事を除けば歳が近い同姓の普通の女の子であり、最初こそ煩わしがったものの、いつからかこの時間は野生の世界で唯一警戒を解ける時間でもあった。今日の話は、先程の監督の女癖の悪さとキャバクラ嬢に貢いでた金額、最近事務所の近くに出来たカフェや実家の兎が子供を産んだなど、よく毎日顔を合わせているのにこんなにも話題が出るなと関心していた。

赤信号で停車したところで、三郷がカーナビに表示されているマップをみて声を上げる。

「うわー最悪こっちの道来ちゃったじゃん、超怖いんだけど、早く青にならないかな。」

私は窓の外を見るがそこは至って普通の道路だった。片側2車線で周囲はマンションやドライブスルーのチェーン店などが建ち並び、少し遠くに工場のような大きな建物があるからかトラックの通行も多いように感じる。その様子で三郷は何か気がついたのか再び口を開いた。

「美花さんもしかして知らないんですか?最近この辺で反社っぽい人達の目撃情報が多いんですよ!この辺に奴らの事務所があるとか、あの工場と繋がりがあるとか、色んな噂がたってるんです!こっち来ちゃった私がいうのもなんですけど、警戒するに越したことはないですから。美花さんプライベートでもここは来ちゃダメですからね!危ないところに近づかないことです!なんて言ったってこんな可愛い女優さんなんですか…あ!やばい信号青になってる!進まなきゃ後ろの人すみませーん!」

三郷はそう言いながら慌てて車を進めた。私はもう一度車内から見える工場に目を向ける。

(あの子…多分まだいるよね、今もあの工場に。)

幼少期の駆け巡る記憶を他所に、私は三郷が話し始めたコンビニの新作スイーツの話に耳を傾けた。

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