第10.5話 パート1 水竜が彼に心を寄せる理由
シエナ視点
初めて出会った時、不思議な子だと思った。私の姿をその眼に映し、怯えるどころか興奮していたのだから。
私が守ることを任じられた聖域に人が立ち入ることは稀である。そして大抵の人は竜の姿をさらせば、すぐに逃げるか気絶する。
だけど、彼は違った。
私を真正面から対峙し、本心からの礼儀を尽くしてくれたのだ。その身に呪いを受け、恐ろしい思いをしたのにも関わらず、口から出るのは謝罪と謙遜の言葉ばかり。
欲のこもった視線にさらされ続け、他人など信じるに値しないと思っていた私にとって、衝撃が走る。
そして見てしまったのだ、彼が自分を信じられず、苦しみもがいている姿を。
この子を守りたいと思ってしまったが最後、私は彼を離したくないと願うことを止められなかった。
それはきっと、二人も同じであったはず。
胸が引き裂かれる別れを告げたあと、祭事のため、現世へとやってきた私たち。シャノンは他にやることがあるらしく、一人どこかへ行ってしまった。
用意された部屋でじっとその場に座る。ここには誰もいない、アーノルドさえもここに来ることは許されていない。
お香が焚かれ、部屋にその香りが充満する。頭に乗る装飾品が音をたてるが、私は姿勢を崩さずに、耐える。
そして鐘のつく音が聞こえ始め、村の長である私の父、ギードが声をかけてくるまでの間、私は手に残る爪の痕を見ていた。
「シエナ、出番だ。」
いつの間にか後ろの扉が開かれている。すっと立ち上がり、私は顔が見えないように薄い布を顔の前に垂らし、ゆっくりと歩き出した。
夕日が落ちかけていて、外は薄暗くなっている。祭事の参加者が、灯篭を持って私の姿を見て、歓声を挙げ始めた。
父の後をついていき、警備役に徹するアーノルドの横を通って、中央舞台へとあがる。
大きな炎が燃えている祭壇に手をかざして、水を起こす。そして火が小さくなっていくと、皆が持つ灯篭をそれぞれ炎を灯し始めた。
皆で豊かさを分け合おうという意味が込めらた儀式、これでようやく彼を探しに行けると思った瞬間であった。
「あの!誰か、助けてくれ!」
そう叫んだのは、彼よりも少し年上くらいの歳の男の子。
血相を変えて駆け込んできた少年は、周りの大人に怪訝な顔をされ、祭事中になんだと文句を言われても、伝えることをやめなかった。
「俺の、弟が!大変なんだ!岩の下敷きになって!誰か、お願いだ!」
助けてと叫ぶ少年はその場に崩れ落ち、過呼吸になっている。その後ろから彼の家族だろうか、歳の離れた青年が二人、少年に駆け寄る。
会場にいた親戚らしい人たちも、集まり始める。 ようやくそこで、一大事であると認識した人々は何が起きたのだとざわつく。中には少年に直接問いただす人まで。
だが、その本人は今にも気絶してしまいそうなほど、苦しそうな表情を浮かべていた。
私はすぐに近くに行こうとするが、頭に乗る装飾品と無駄に重い服装で上手く動けなかった。
気づけば、私の父が近づいて、少年に背中をさすって、まず深呼吸を促す。そして落ち着いたところで、水を与え始めた。
「ゆっくり、そうゆっくりでいい。」
「んくっ、ぐっ。…はぁ、ありがとう、ございます。」
「それで、話してくれるかい。何があったか。」
少年ははっとした表情を浮かべ、父の腕を引く。こっちと叫びながら、急ぐ様子に私は嫌な予感がして、アーノルドに抱えて走るよう命じる。
どうか、この嫌な予感が杞憂であれと念じる。
私を抱えて走る彼も同じ気持ちであるのか、普段より余裕のない顔をしていた。
大人たちや先頭を走っていた少年を追い越し、木の間を通り抜けていく。
そして、ようやく広い場所へ出ると、目の前には崖があった。私はじっと谷の下を見て、瞳だけ竜のものに変える。大きななにかがある、岩だろうか。その下にうごめくものを見て、愕然とする。
「早く、下へ私を連れてって!」
「!はい。」
訳も分からないはずだが、私の騎士は素直に指示に従ってくれる。谷へと飛び降りて、難なく地面に着地すると、私はアーノルドの腕から離れ、急いで現場へと向かう。
まさか、そんなこと、あるはずない。でも、治した私だから一番理解している、呪いの残り香と竜の気配。
大きな岩が見えてきて、走っていた足が止まりかける。しかし、止めることはせず、ゆっくりと進み始めた。ぴちゃっと液体を踏んだ音がする。
「…………はっ」
呼吸するのを忘れた。彼が、いた。
そこに、岩の下に、半身がつぶされ…。
「おい!チビ!生きているか!返事しろ!」
あれ、アーノルドが声をかけている。岩をどかして、彼の身体を引きずり出して、自分の服を引き裂いて、傷に押し当てている。
私が治さないと、おぼつかない足取りで、近寄り手をかざす。
でも、思うように力が出ない。
ふいに彼の顔を見たいと思って、ゆっくりと頭を下げる。そして直視したその容態に、私は呼吸を止めてしまった。
だが、すぐに真っ暗になる。
誰かの手、それは紛れもなく、騎士の手だ。耳元で囁く声が頭に反響する。
「見るな。」
彼が、私の初めて、心を傾けた人が、どうして。なぜ、なぜという疑問ばかりが、脳を巡る。そうしているうちに、近づいてくる足音たちがあった。
「…ほぅ、お前たちが先についていたのか。これまた珍しいことだ。だが、今はこの子の容態が先だな。」
若干、私の目を覆う手が震えるのが伝わってくる。今、何をしているのだろうか。
周りの大人たちがざわつき始めた。その一つに気になる言葉を耳にする。
「子供のおふざけとはいえ、岩の下敷きとはな。可哀そうに。」
おふざけ、彼は誰かに殺された?なぜ、殺されないといけない。あの子が、何をしたというの。
私たちの、私の大切な人を傷つけたのは———誰だ。
「あ、あぁ、あぁぁ、あああああああーーー!!」
怒りと悲しみ、抑えきれない衝動にかられ、涙をこぼしながら姿を徐々に変える。同時に雲が黒くなっていき、雨が降ってくる。
『許さない。』
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