第6話 迷いの闇を越えて
今日のことを振り返りながら寝床に横になり、早朝の採取に備えようと目をつむる。
痛みのせいか思うように寝付けない。
ゴロゴロと寝返りをうつと、ふと目についた枕の赤い染みに飛び起きる。頭の切り傷により、血が付着してしまったのだ。
どうしよう、洗わないと…。
でも水場が分からないし、こんな時間に他の人を頼るわけにもいかない。
こうしているうちにも、汚れが染みついてしまう。僕はその枕を手に取り、廊下へと出た。
灯りもない暗闇を一人歩く。
時より、床のきしむ音や踏みしめた時の足の痛みにその場で動かなくなってしまいそうになる。
だけど、僕のことを信頼してくれた竜の方や美しい剣技を見せてくれたアーノルド様、感謝の言葉を言ってくれたシャノン様に、失望されたくない。
恐怖と痛みに耐え、井戸がないか探す。
次の瞬間、段差につまずき、そのまま前へと倒れてしまった。なんとか、頭は打たずにすんだけど、膝を擦りむいたのか、熱くじくじくとした感覚が襲い掛かってくる。
すると、足音が二つほど近づいてきて、灯りによって僕の姿が照らされた。
「こんなところで何してんだ。」
「大丈夫?怪我してない?」
「はい、お騒がせしました!その、血で汚してしまって。すぐに洗いに!いつぅ…。」
立ち上がろうとしたが、力が上手く入らない。しまった、これではまた迷惑をかけてしまう。だが、感情に反して、涙がこぼれてくる。
「…チッ。」
アーノルド様が舌打ちをして、腕を組む。怒らせてしまった、ほら、やはり僕はお荷物に。
「えっ。」
そっと膝にかざされる温もり、竜の方の力である。すると、徐々に傷口はふさがっていき、痛みもなくなる。処置が終わると、今度は額に手が当てられ、同じように治療が行われた。
「水竜様、人に竜の力を使って良いのですか。」
「えぇ、私が決めたことだから。この子を治したいって。」
何が起きているのだろう、でもこれはきっと、竜の方が隠したかったものだと思う。
アーノルド様の反応からもそれが見てとれた。額の包帯がほどけていき、彼女の手が離れていく。自分でも触れて確かめみれば、そこには傷は消えていた。
感謝の気持ちよりも、疑問が沸き上がる。どうしてこんな僕を救おうとするか。
父には出来損ないと見限られ、兄たちには召使のごとく、荷物持ちにされる。
さらには暴力だって振るわれる。それを、母は知ろうとしてくれない。僕を見てくれない。
そんな僕には価値があるだろうか。
「竜の方、アーノルド様。僕のために、これ以上手を煩わせたくないです。」
ほっといてほしい、もうそこらへんに投げ捨てて、無視してくれた方が納得がいく。この地に無断で侵入し、世話になっただけでなく、迷惑を重ね続ける。
触れる温もりも、自分を持ち上げる手も、感謝の言葉も、僕には甘さを越えた毒であったのだ。これ以上、深みにはまっていくのは恐ろしすぎる。
この場から逃げようとするが、その前に肩を掴まれてしまった。優しいものでなく、ぐっと力を込められたそれは、顔をあげるまでもなく彼によるものだ。
「お前、この程度のことで迷惑だって思ってんのか。」
苛立ちを隠さない声色に、身体が強張りながらも頷く。そして、再び舌打ちをすると、僕の身体が抱えられる。
服の首元を持つ体勢ではなく、腕の中に抱えられる状態。まるで赤ん坊のような扱いに恥ずかしくなって、逃げようとしたが、思いのほかしっかりと抱えられていて動けなかった。
「あのう、降ろして…。」
「じっとしてろ、傷が治ったからって足は治ってないんだから。水竜様も待っている。」
それだけ言うと、僕の要望に応えないまま、進んでいく。だが、それは僕に用意された部屋ではなく、もっと奥の部屋のようだ。
いったいどこに…と考えている間に、その部屋についたようだ。
扉が開かれ、中へ入ると水晶でつくられた装飾品やガラス製の調度品などが飾られる室内が目に映る。
そして、ベッドに座るのは、出会った時と異なる服装に身を包んだ竜の方だった。いうなれば、寝間着姿である。どうしてここにと思った矢先に、アーノルド様は僕を竜の方の近くに座らせて、自分は別室へと向かっていく。
このまま置いていくのか!?現状が理解できないでいる僕に、隣に座る竜の方は僕の頭にそっと手を乗せる。
「大丈夫、危害を加えることはないから。」
そこに心配はないけど、人ではないとはいえ、女性と二人きりで頭を撫でられる状況というのは、いかがなものか。顔が熱くなっているのが分かる。
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