地味男子の俺、実は裏で恋愛相談を受けまくってます

赤いシャボン玉

第1話

 高校二年の春。

 新学期初日の教室は、いつもながらうるさかった。


 友人同士で盛り上がる男子グループ。

 SNSで話題のネタを大声で笑い合う女子たち。

 そんな賑やかな空気の中、俺はいつも通り、窓際の席で静かに本を開いていた。


 ──そう、俺は地味男子。

 風見悠真かざみゆうま。見た目も性格も特に特徴なし。人畜無害を絵に描いたような存在。

 話しかけられることもなければ、目立つこともない。

 だからこそ、この席が心地よかった。


 なのに──その平穏は、唐突に壊された。


「ねえ、風見くん。ちょっといいかな?」


 声をかけてきたのは、クラスの人気者・桐原紗良だった。

 さらさらの茶髪に、ぱっちりとした目元。明るい笑顔は、誰が見ても「陽キャ」そのもの。

 そんな彼女が、よりによって俺の机の横に立っている。


「……俺? 何か用?」


「うん。ちょっとだけ、相談があってさ。……誰にも、言えないこと。」


 その瞬間、空気が一変した。

 教室の視線が、一斉に俺たちに集中していた。


 なんだこれは。告白か? ドッキリか?

 いや違う。紗良の表情は、どこか真剣で──困っている顔だった。


「ここじゃ、ちょっと話しづらいから……。放課後、屋上で待っててくれない?」


 そう言って、彼女は俺の返事を待たずに去っていった。


 


 放課後、屋上。

 俺は言われた通り、時間ぴったりに扉を開けた。


 春風に髪をなびかせながら、紗良はフェンスにもたれて立っていた。

 普段の明るい雰囲気とは少し違って、どこか物憂げな雰囲気を纏っている。


「来てくれて、ありがとう。……変なこと言ってごめんね」


「いや、大丈夫。で、相談って?」


 俺が尋ねると、紗良は少しだけ俯いた。


「……実は、告白されたんだ。クラスの男子に」


 ──なるほど。そういう相談か。


 俺の中で、何かがカチッとはまる音がした。

 そう、こういう話は得意だ。人から話を聞くこと。相手の感情を読み解くこと。

 なぜだか昔から、人の恋愛話だけは冷静に分析できた。


「嬉しかった?」


「ううん。……びっくりした。でも、嫌じゃなかった。でも……なんか違う気がして」


「相手のこと、どう思ってるの?」


「いい人。でも……好き、かって言われると……よくわかんない」


「だったら、答えは出てるよ」


「……え?」


「“今はまだ答えを出せない”って伝えればいい。相手を傷つけず、自分の気持ちも大切にするやり方だよ」


 そう言うと、紗良はぽかんとした顔になり──やがて、ふっと笑った。


「……すごいね、風見くん。なんか、プロのカウンセラーみたい」


「そんな大層なもんじゃないよ。ただ、客観的に見えてるだけ」


「でも、ありがとう。ほんとに、助かった」


 紗良はにっこりと笑って、軽く会釈をしてから屋上を後にした。


 ──そして、次の日。


 今度は七瀬凛音が話しかけてきた。


「あなた、桐原さんに相談乗ってたでしょ。ちょっと、私にも時間をくれる?」


 凛音は学年トップの成績を誇る才女で、冷静沈着。人付き合いが苦手なタイプ。

 そんな彼女が、俺に“恋愛の悩み”を持ち込んできたのだ。


 ──どうして、こうなった?


 いや、わかってる。昨日の相談が、どこかで噂になったんだ。

 そして、それを聞きつけた他の女子たちが──今、俺のもとに集まり始めている。


 俺の平穏な日常は、もう戻ってこない。


 だけど、どこかで少し──

 この非日常を、楽しみにしている自分もいた。


 


 地味男子の俺。

 実は今、裏で恋愛相談を受けまくってます。


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