顛末終結回
祝福の鐘が鳴る。
祝福の花が舞う。
祝福の鳥が飛ぶ。
祝福の……祝福の……
祝福?誰のために?
結婚式を七日後に控えている。
………結婚式?
結婚って、役所に手続きして、書類を提出するだけだよね?
特別に何かする事あったかな?
と、迷走する意識。
真っ白いドレスは、純潔と貴方色に染まりますと云う決心の証。
教会で神様に誓う永遠の愛。
何だ、それ?
ドレス?
証?
キョウカイ?カミサマ?
疑問も無く着々とその日を迎えてしまう事に気付くと、不満と不安が渦を巻いて胃の中に伸し掛り迫り上がりそうだ。
王子様より訳が分からない。
ニリィガも、両親も何故受け入れている?
四六時中吐き気に襲われ、虫唾が走る故に食欲も湧かない。
目を閉じても、床に付けば得体の知れない焦燥に、眠るさえ儘ならない。
制馭出来ない感情に身を任せたくなるけれども、それでも貪るようにニリィガと抱き合えば幾分の眠りには就ける。
私は、ナンダ―――?
ニリィガは、そんな私を察しているのか、何時にも増して、優しい。
当たり前なことにニリィガは、昼間はきちんと生活をしていて、シャワーと排泄以外でベッドから動かない私の、面倒を看てくれる。
ニリィガと結婚する事が嫌なのではない。
結婚式と言う得体の知れないモノを甘受している事がキモチワルイのだ。
それははっきりしている。
けれど、キモチワルがってようがその日は訪れる。
相も変わらず寝付くことも出来ずにニリィガの顔を眺めていた。
と、横になっているのに脳が揺さぶられるような感覚に襲われる。
眩暈?
背筋に虫の這うような寒気が走り、視界は天地が定まらない。
滑った沼のような汗が吹き出始めると、眠っていたニリィガが私の異変に気が付いて目を覚ました。
「マーリア!」
その声は確かに聞いた。
確かに聞こえたのに……
ココハドコダ?
寝る準備をしてベッドにいたはずの私は、何時もの服を着て見知らぬ……空間を漂っている。
闇だけど目を射すような光。
走馬燈のように、八才になった私が、八才の時そうだったように、学校に行くか否かの選択を迫られる。
学校に行かず、家の手伝いをしたり、奉仕活動や労働をしていたら十八才でブルーノと結婚した。
決して豊かではないけれど、平穏な暮らしに満足していたら、八才になった。
学校に行くか否かの選択。
行っても行かなくても十八で終る人生。
死んだわけではないのか?
何度か繰り返した時、メルクリオス家の人達と懇意になった。
ミリアさんが居ないのが不思議だったけど、赤い髪のセイレンに世話を焼いていたら、十八になった。
それから、何回かセイレンの世話を焼いていたら、十八で結婚することになった。
繰り返される八才から十八才。
そして。
会ったこともないクリストファーとの結婚式。
鐘。花。鳥……!
なんだ!?
いやだいやだいやだいやだ!
笑っているのに、私の中では反撥する感情。
胸に押しかかる苦しさ。
何で?
何故、ニリィガじゃない!
ふと、隣を見るとクリストファーは居なかった。
忽然と消えていなくなった。
私はやっと楽になれると思った。
「マーリア?」
ニリィガの声がする。
声の方へ向くと、驚いたニリィガが安堵の息と共に満面の笑みを浮かべる。
「マーリア、聴こえているの?」
ええ。何故か声には為らず頷くしか出来なかった。
結婚式の前日から、ふたつ期間が経っていた。
その間、私は朦朧と生活をしていた、らしい。
結婚は延期となっていた。
朦朧としていたにも拘わらず、生きるための事は普通に出来ていたので、初めのうちは些細な喧嘩でもして、臍を曲げているんだろうと思われていて、けれど、それにしては何時までもおかしいと、ニリィガは懸命に世話をしてくれていたらしい。
「ありがとう」
私は、ニリィガの傍に安息を見出だした。
けれど、私は何故ああもメルクリオス家に囚われているのかを確認しなくてはいけないのではないかと考え、メルクリオス商会で働いてみることにした。
会ってみて思ったが、私の知っているクリストファーともセイレンとも違った。
あれは夢なんだろうと、思った。
ミリアさんは、一期間だけ同じ級だった私を覚えていなかった。
それが瑣末な事と思えるくらい楽しくて、あっという間に一年が過ぎた。
メルクリオス家の人達は本当に仲が良い。
私自身が結婚を延期させている負い目もあって、ミリアさんに結婚感を尋ねてみた。
「ミリアさんは結婚為さらないの?」
「お相手と切欠と勢いがあれば」
「勢いですか?」
それを逃したのは自分がよく知っている。
「勢いですね」
夢の中では、私に熱く愛を語ってくれたセイレンとクリストファー。
けれど、二人はミリアさんにその眼を向けている。
特にセイレンは熱を孕んだ眼でミリアさんを見ている。
気付いているのかな?
と、少しばかりお節介を焼きたくなった。
「お身内が素敵ですと、理想が高くなるのでは在りませんか?」
「お身内…素敵ですか?」
困惑?
家族だと意識しないのかな?
なんか、唐突にニリィガを紹介して家族ぐるみでお話できないかなあと思った。
「今度、外でお茶をご一緒しませんか?
紹介したい人がおりましてよ」
と、言うと何だか不快そうな顔をしてる。
言い方、おかしかったかな?
なんか、誤解させた?
「ミリアは嫁には出しませんっ!」
と、クリストファーが奥の事務所から飛んで出てきたところを見ると、誤解させていたらしい。
誤解を解きたかったが、余りにもミリアさんについて雄弁に語られるのに聞き入ってしまった。
ミリアさんは呆れている。
私はと云えば。
ただただ、どれだけ誉め言葉に種類か有るのかを数えていた。
「いい加減、仕事して頂けませんかね?」
セイレンは明らかに嫉妬を孕んでクリストファーを塞き止めた。
自分よりミリアさんを分かった風に言われてるのが嫌なんだろうな。
微笑ましい家族だと思う反面、ミリアさんて何なんだろう、頭を過る。
夢の中にミリアさんは出てこなかった。
と、云うより幼い頃に死んでいた。
その事でメルクリオス家は崩壊し、シャマシュ家は反映する。
アイテール君が王子様になれなかったのって…
なぁんだ、この子のセイジャナイノ?
また、胸に何が生まれた。
それは夢の中での事と制する気持ちと、
ミリアさんを好きだと云う気持ちと、
また、
私が私で無くなる。
ミリアさんが泣き叫んでいる。
ミリアさんを抱き締めているセイレンがいる。
私を押さえているのはクリストファーだけど。
夢の中での優しい抱擁ではなく、縄で、憎悪さえ向けられている。
途切れ戸切の記憶は巧く繋がらない。
セイレンにナイフを向けられ、漸く私は夢と現実を混濁していたことに気付かされた。
私は、ここに居るべきでは無いのだと気付かされた。
私の居るべき場所はニリィガの傍らなのだ、と。
半年後、ニリィガと婚姻届けを提出しに来た役所で、偶然同じように結婚する人達と待合室で居合わせた。
色々とあって、長く待たせた恋人とやっと夫婦になれるんです、と会ったこともない人達に話をした。
彼女らもここに来るまで、やっぱり色々とあったらしい。
「是非これからもお会いしませんか?」
と、口に出した。
とても、良い友達になれる気がしたから。
けれど、彼女の顔色からは困惑しか読み取れず私の思い違いに肩を落とした。
その肩をニリィガが優しく抱きしめてくれて慰めてくれた。
「お幸せに」
と何も言えなくなっていた私の代わりに、ニリィガが言っていた。
そうだな。と思った。
ニリィガの隣で幸せを感じる。
ここが私の場所。
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