第25話 七つの遺産と異変の始まり

 ゴールデンウィーク最終日。イベント期間も残りわずかとなった朝。


「あにき、今どれくらい貯まったっすか?」

「大体85億ってところかな」

「おお〜!すごいペースっす!」

『シキさん、あと15億ですよ!今日中に達成できそうです!』


 フヨウが頭の中で励ましてくれる。500億返済すれば、何かが起こるはずだ。


「よし、最後の追い込みだ。効率重視で行こう」

「了解っす!」



 イベント最終日ということもあり、どこのフィールドも混雑していた。

 俺達は、ギルドメンバーで通話を繋ぎながら、思い思いの場所でイベントモンスターを倒していた。


「人多すぎっすね〜」

「まあ、最終日の駆け込みやろな」


 リックさんが苦笑する。


 俺とクロネも今日は別々の場所で冥界コインを集めていた。単調な作業だが、みんなと通話しながらであれば、不思議と苦にならない。


「そういえば、みんな」


 ミーコさんがおもむろに切り出した。


「最近、変な噂聞かない?」

「変な噂っすか?」

「なんか、特定のボスと戦った後、現実で身体が痛むって話」


 俺の手が一瞬止まる。


「聞いたことないっすね〜」

『(´・ω・)?』


 ちなみにかにさんは通話自体は聞き専で、たまに顔文字やメッセージをギルドチャットに流すかたちで参加している。


「まあ、ただの都市伝説よね〜。イベントやりすぎで節々がこってるんでしょ」


 ミーコさんはそれ以上は語らなかったが、俺には気になることがあった。【NMO】は、例えば吹き飛ばし攻撃を食らった時などに全身に衝撃を感じることはあるが、「痛み」というものはほとんどない。現実に残るなどとなればなおさらで、VRシステムの安全装置がそれを防いでいるはずだ。


「だが、俺にはそれが単なる噂とは思えない。事実、死を身近に感じさせられたことがあるからだ」


『シキさん、どうかしましたか?』

『いや……あとで話そう』


 気にはなるが、今は目の前のことに集中しよう。

 返済でフヨウの記憶が少しでも戻って、抱える疑問が何か解消されるかもしれない。

 色々考えるのは、その後にしようと思った。







 日が暮れて、イベント終了まで残り一時間。


「お疲れ様でした〜!」

「みんな、よう頑張ったな!」

「かなり稼げたっすね!」


 メンバーが次々とログアウトしていく。最後に残ったのは俺とクロネだけだった。


「あにき、今日も遅くまでやるんすか?」

「もう少しだけ、な」

「じゃあ、私も付き合うっす!」

「いや、クロネは先に休め。明日も学校だろ?」

「うぅ……でも……」

「大丈夫だ。それに、ちょっと一人で考えたいことがある」

「……わかったっす。無理しないでくださいね?」


 クロネは心配そうな顔をしながらも、ログアウトしていった。


 広場には俺一人。噴水の水音だけが静かに響いている。

 俺は残りの時間、ひたすら効率的にモンスターを狩り続けた。単調な作業の中で、ミーコさんの言っていた噂が頭をよぎる。


 ――特定のボスと戦った後、現実で身体が痛む。


 まさか、とは思うが……








 午前0時を過ぎた。イベントは完全に終了し、特設ゲートも消えている。


 俺は集めたアイテムをすべて換金した。最終的な所持金は、99億z。


 通常の金策に戻る。この時間なら人も少ない。1億なら今日中になんとかなるだろう。


 溜め込んでいた細かなアイテムの換金も行って資金をかき集める。


 そして……ついに、その瞬間が来た。


【所持金:100億z】


「……やった」


 俺はどっと疲れが溢れてくるのをこらえて、指輪を確認する。


『シキさん、返済しますか?』

「ああ」


 指輪が熱を帯び始める。金色の光が俺を包み、所持金がぴったり0zに戻る。


【返済完了:100億z】

【累計返済額:500億z】

【残債:9500億z】


 そして――


【スロット:1/2】


 指輪に2つ目の宝石のような輝きが生まれた。


「これは……」


「やりました!シキさん!《再現》で保存しておけるスキルが2つに増えたんですよ!」


 なるほど、前にスキルの解析機能が拡張されたように、今度は保存スロットが拡張された、というわけか。


 フヨウが両手を上げて喜ぶ。そして急に、その表情が変わった。


「どうした?」

「記憶が……戻ってきます……」


 フヨウの体が淡い光に包まれる。


「思い出しました!英雄は……」


 俺は息を呑んで、その言葉を待つ。


『だらしない人でした!』


「……は?」


 予想外すぎる答えに、俺は固まった。


「お金にルーズで、約束は忘れるし、大事な時には寝坊するし……」

「まさか、それだけか?」

「ち、違います!えーっと、その……だらしないけど、誰よりも強くて、優しい人だったんです!」

「優しい人は1兆の借金なんか作らないだろ……」

「そ、そうなんですけど!でも、この借金には理由が……あれ?理由が思い出せない……」

「おい!?」


 フヨウは必死に記憶を探るように、目を閉じて集中する。


「で、でも!英雄は本当は返済したかったんです!その未練を解消してくれる人を求めて、《再現》の力と共に借金を遺したんです!」

「だったら最初に借金のこと説明して「力を得る代わりに代償がある」って言えよ!!騙し討ちだったじゃねーか!!」

「ご、ごめんなさい~~~~~!!」


 小さくなって謝るフヨウを見て、俺は大きくため息をついた。


「……まあ、いい。他に思い出したことは?」

「あ、はい!重要なことがあります」


 フヨウが真剣な表情になる。


「英雄の遺産は、全部で七つ存在します」

「!?」


 俺は、てっきりこれがオンリーワンのものだと思い込んでいた。

 遺産は、これの他にも存在する。それも、7つも。


「それぞれ異なる能力と……代償があります」

「代償?」

「シキさんの場合は借金ですけど……他の人は、記憶だったり、感覚だったり、時には大切な人との縁だったり……」


 俺は背筋が寒くなるのを感じた。俺以外にも、こんな理不尽な目に遭っている奴がいるのか?


「ただ、既に相続がされているのかとか、代償を払い終えて解放された人がいるのかは……わかりません」

「……そうか」


 500億。全体の5%。

 1ヶ月でここまで来れたなら、計算上は20ヶ月で完済できる。

 だが……これは、ただ借金を返せれば終わるだけの話じゃないのかもしれない。そんな予感がした。








 翌朝、俺はいつもより早くログインした。

 掲示板を確認する。イベントの感想で盛り上がっている中、気になるスレッドを見つけた。


【最近、ゲーム中でマジで「痛い」時ないか?】


 レスを読んでいく。


『俺だけじゃなかったのか』

『というか、現実に戻ってもなんか痛い気がするんだよな』

『北の廃城のボスと戦った後そんな感じだったなあ』

『俺は痛みじゃないけど、なんか腕が重いんだよな』

『医者行ったけど異常なしって言われた』

『ただの疲労だろ』

『でも今までこんなことなかったぞ』


 北の廃城……最近実装されたダンジョンだ。


「あにき〜!おはようっす!」


 クロネがログインしてきた。赤いリボンが朝の光で輝いている。


「早いな」

「あにきこそ!昨日遅かったのに」

「ちょっと気になることがあってな」


 俺は掲示板を見せる。


「ふーん……でも、ただの偶然じゃないっすか?」

「かもしれないが……クロネ、念の為だ。北の廃城には行くなよ」

「……あにきは、これがホントだと思ってるんすか?」

「そういう訳じゃないが……」

「あにき、なんか知ってます?」


 クロネが心配そうな目でこちらを見つめる。


「いや、ただの勘だ。気にするな」

「うーん……まあ、あにきがそう言うなら……」


 クロネは納得していない様子だったが、それ以上は追求してこなかった。


 500億返済。

 それは小さな達成であり、新たな不安の始まりでもあった。

 

 この時の俺は、まだ知らなかった。

 俺の行く道の先々に待ち受ける困難は、想像をはるかに超えていることを。




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 ここまで作品を読んでいただいて、ありがとうございます。

作品評価の★を入れていただけると、非常に嬉しいです。助かります。喜びます。

25話で第一章完となり、第二章は11月10日(月)から再び毎日更新を続けていく予定です。

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