第22話 ケルベロスの試練② ─想定外─

 ケルベロスの右の頭が赤く光り始めた。


「火属性に変化っす!」


 クロネが即座に矢筒から青い羽根の矢を取り出す。氷属性の矢だ。


『氷結呪文詠唱開始』


 かにさんも杖を構え直し、詠唱を始めた。その切り替えの速さは、まさに一流の魔術師のそれだ。


「グゥオォォォン!」


 ケルベロスの三つの頭が同時に咆哮を上げ、右の頭から巨大な火球が放たれる。


「来るぞ!」


 俺は『瞬金剛』を発動させながら、火球を正面から受け止めた。『瞬金剛』は、効果時間が1秒ほどだが、ダメージのほとんどをカットすることができる。

 HPバーの減りはわずかだが、『瞬金剛』のタイミングを誤れば半分以上は持っていかれるだろう。


「あにき、大丈夫っすか!?」


「問題ない、攻撃を続けろ!」


 俺はケルベロスの正面に立ち位置を固定する。これがタンクの仕事だ。可能な限り敵を同じ場所に留めることで、後衛の攻撃精度が格段に上がる。


 クロネの氷の矢が次々とケルベロスに突き刺さり、かにさんの氷結魔法が炸裂する。属性相性によるダメージ増加は目に見えて大きい。


「今度は青く光ったっす!氷属性!」


『火炎魔法に切り替え』


 かにさんの詠唱が瞬時に切り替わる。まるで最初からそちらを詠唱していたかのような滑らかさだ。


『すごいな、かにさん……』


 俺は内心感嘆していた。属性の切り替えは、ただ魔法を変えればいいというものじゃない。詠唱の中断、MP管理、次の属性予測まで含めた総合的な判断力が必要だ。


 だが――


「渋いな……!」


 確実に属性を合わせているにも関わらず、ケルベロスのHPバーの減りが遅い。


『装備の違いかも』


 かにさんがテキストで呟く。


 あらかじめ見ていた攻略動画の装備は、去年開催の時点の最強装備をガチガチに揃えていた。

 いっぽうこちらは、俺はそれに近い装備構成だったが、クロネやかにさんはそれと比較して一歩劣る。


 「だが、間に合わないペースじゃないはずだ……!」



 





 戦闘開始から10分が経過した。ケルベロスのHPは、ようやく50%を切った。


「第二形態来るっすよ!」


 クロネの警告と同時に、ケルベロスの体が赤黒く光り始める。


『グォォォォォォン!』


 凄まじい咆哮とともに、ケルベロスの体が三つに分裂した。

 炎を纏った赤いケルベロス。

 氷を纏った青いケルベロス。

 雷を纏った黄色いケルベロス。


「散開!」


 俺の指示で三人がそれぞれ距離を取る。


「青いやつがこっち来るっす!赤いのはかにさん!」


 氷のケルベロスがクロネに、赤いケルベロスがかにさんに向かって突進していく。


「『気弾』!」


 俺は即座に遠距離攻撃が可能なスキル、『気弾』を発動させ、両手でそれを放ち、ケルベロスたちの側頭部を白い気の弾丸で撃ち抜きヘイトを奪い取る。


「三体同時か……」


 俺は瞬金剛のクールタイムを計算しながら、二体の攻撃を捌いていく。大技は回避や瞬金剛、通常攻撃はパリィ、ガードで受ける。この判断を瞬時に行うのが【NMO】のモンクの真髄だ。

 回避した後も、すぐに元の位置に戻る。タンクが動き回ると、敵も動いてしまい、味方の攻撃が当たらなくなるのはおろか、余計な攻撃が後衛に飛びかねない。


「この程度、朝飯前だ!」


 俺のミスは、即全滅に繋がりかねない。だが気負う必要はない。

 もっともっと厳しい状況を俺は戦い抜いてきたのだから。

 あとは、ひたすら火力を叩き込むだけ……の、はずだった。


 突如、3体のケルベロスが攻撃をやめ、移動のモーションに移る。

 瞬間、背に走る悪寒。これは……ギミック攻撃!?


『シキさん!三体が円を描くように動き始めます!』


 突然、フヨウが俺の頭の中で叫んだ。


「!」


 フヨウの言う通り、三体のケルベロスは俺の周りで回転しはじめた。


『中央に集まらないで!範囲攻撃が来ます!』


 フヨウの声には、なぜか確信があった。


「全員、エリアの端へ!今すぐ!」


 俺は直感的にフヨウの言葉を信じ、大声で指示を出した。


「え?でも攻撃が――」


「いいから走れ!」


 三人が慌ててエリアの端へ駆け出した瞬間、三体のケルベロスが中央に集結し、巨大な爆発が起きた。


 中央エリアの8割を覆う、紫黒の爆炎。もし留まっていたら、全滅は免れなかっただろう。


「こ、こんなの予習してなかったのに……なんで、わかったんすか?」


 クロネが息を切らしながら聞いてくる。


「動きのパターンから予測したんだ」


 俺は半分嘘をついた。実際はフヨウの指示がなければ、安全地帯がどこなのか分からなかっただろう。

 去年の攻略動画には、こんなギミックは映っていなかった。


『……』


 かにさんも、少し不思議そうにこちらを見ている。


 なぜフヨウは、このギミックを知っていたのだろう?

 俺は内心で疑問を抱きながらも、戦闘に集中することにした。



 戦闘開始から20分。制限時間の30分まで、残り10分。

 ケルベロスの合計HPは、まだ25%残っている。


『ウォォォォォン……』


 三体のケルベロスが同時に不気味な遠吠えを上げる。

 これもまた、攻略動画にはなかった動作だ。

 俺は瞬時に何かおかしなことがないか確認をする。

 肉体の動作、視界、装備……

 そしてダメージログを認識した瞬間、俺は異常に気がついた。


『シキさん、あの咆哮に呪いが込められています!』


【冥界の呪詛が発動しました】

【パーティ全体の攻撃力が50%減少します】


「なっ!?」


 突然のデバフメッセージに、三人とも動きが止まる。


「攻撃力半減!?そんなの聞いてないっす!」


 クロネが慌てたように叫ぶ。


『去年はなかった』


 かにさんも困惑している。攻撃力が半減した今、ただでさえ遅かったHPの減りが、さらに絶望的な速度になった。


「解除方法は!?」


『……わかりません。でも、この呪いはとても強力です』


 フヨウの声が申し訳なさそうに響く。


 残り時間5分。ケルベロスのHPはまだ15%以上残っている。


「くそ……このままじゃ……」


 必死に攻撃を続けるが、時間だけが無情に過ぎていく。


 そして――


【タイムアップ】

【挑戦失敗】


 無情なシステムメッセージが表示され、俺たちは強制的に転送された。







 気がつくと、俺たちは冥界の門の入り口に立っていた。


「……負けたっす」


 クロネが肩を落としている。


 かにさんは無言だった。無表情のまま、ただじっとステータスウィンドウを見つめている。よく見ると、黒いメイド服の裾を、ぎゅっと握りしめていた。その手が、かすかに震えている。


「ただでさえ時間が壁だったのに、攻撃半減ときたか……」


 俺は呟いた。かにさんの技術は完璧だった。属性の切り替えも、位置取りも、何一つミスはなかった。

 予想外のギミックも乗り越えた。しかし、だからこそ、「倒せるビジョン」が浮かばなくなっているのだろう。俺と同じように。


「あにき!特訓した作戦、やってみようよ!」


 クロネが前向きに提案する。雷神の怒りで三体同時に麻痺させる、あの作戦だ。


「……いや、それだけじゃ火力が足りない」


 俺は冷静に分析する。


「あのタイミングで安定は取れるが、タイムへの貢献は小さい。根本的に火力が不足してる」


「そっか……」


 クロネは一瞬落ち込んだが、すぐに表情を切り替えた。かにさんの方を見て、優しく声をかける。


「かにさん、大丈夫っすよ!まだ初日だし、あと9回も挑戦できるっす!」


『……』


 かにさんは小さく頷いただけで、まだメイド服の裾を握りしめている。


「少し情報収集しよう」


 俺は提案した。ハードの挑戦は1日1回、イベントの周回要素も他に存在するが、今はこの不可解な新要素について調べるのを優先したい。


「運営のバグか告知漏れかもしれないっすね」


 クロネが俺の隣に静かに寄り添いながら言う。


「ああ、そうかもな」


 俺は同意しながらも、内心では違うことを考えていた。

 フヨウは、なぜあのギミックを知っていたのか?

 まるで、以前にも見たことがあるかのような、あの確信に満ちた警告は何だったのか?


『シキさん……ごめんなさい。もっと早く気づければ……』


 フヨウが申し訳なさそうに呟く。


『いや、フヨウのおかげで第二段階の全滅は免れた。ありがとう』


 俺は心の中で返事をしながら、彼女の正体について、また一つ謎が深まったことを感じていた。


「とりあえず、情報交換してみよう。他のパーティがどうやってるか」


 かにさんは、ようやくメイド服の裾から手を離し、深呼吸をした。


『もう一度、挑戦する』


 短いメッセージ。でも、その文字には静かな決意が込められていた。


「ああ、絶対にクリアしよう」


 俺は頷いた。

 突如降りかかった不可解、あるいは理不尽。

 それを跳ね除けるには……手を選ばない必要が、あるかもしれない。

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