第3話 3分間の職人
「いただきまーす!」
ヒカリは今朝もトーストにジャムを塗りながら、隣で犬用の餌を食べているヨドバシを見つめていた。
ヨドバシは短い足をちょこちょこと動かしながら、カリカリと音を立てて朝食を食べている。見た目は完全にダックスフンドなのに、時々人間のような表情を見せるのが不思議だ。
「ヒカリ、ジャムの塗り方が雑だな」
ヨドバシが振り返る。その口元にはドッグフードの欠片が付いている。
「えー?ざつじゃないよー」
テレビからは朝の情報番組が流れている。
「さあ、続いては特集コーナーです。今日は『職人技!光る泥団子の世界』をお送りします」
ヒカリの手が止まった。
「どろだんご...」
テレビの画面には、まるで宝石のように光る泥団子が映し出されている。
「うわああああ!きれー!」
「よーし!どろだんごをじょうずに作れるおくすり作るー!」
立ち上がった瞬間、椅子が後ろに倒れた。なぜか家中の電気がパチパチと点滅する。
「はあ?また始まった...」
ヨドバシが深いため息をつく。
---
台所に到着したヒカリは、戸棚から実験道具を取り出し始めた。
「今度は何を作るつもりだ?」
「どろだんごをかんぺきに作れるようになるおくすりよー!」
ヒカリは真剣な表情で薬品を並べ始めた。青い液体、黄色い粉、透明な溶液...
「まずは脳のうんどうやを刺激するせいぶんを...」
青い液体をビーカーに注ぐ。
「つぎはしゅうちゅうりょくをたかめるやつ...」
黄色い粉を加えると、液体が紫色に変わった。
「おお!いいかんじー!」
「ヒカリ、ちょっと待て」
ヨドバシが慌てた声を出す。
「それニンジンだぞ」
「え?」
ヒカリが手に持っていたのは、確かに普通のニンジンだった。
「あれー?おかしいなー」
「冷蔵庫のニンジンと実験材料を間違えるな!」
「でもにんじんもからだにいいでしょー?」
「それはそうだが...」
ヨドバシが呆れている間に、ヒカリはニンジンをガリガリとすりおろし始めた。
「にんじんパワーでもっとこうかてきになるはず!」
オレンジ色のニンジンのかけらが紫の液体に混ざる。すると液体が急に泡立ち始めた。
「あ、あわが...」
「危険な感じがするんだが...」
その時、ヒカリが透明な液体の小瓶を手に取った。
「さいごにこれを...」
「ちょっと待て、それは何だ?」
ヨドバシがラベルを見て青ざめる。
「それ、せんざいだ!」
「え?せんざい?」
「台所用洗剤!」
「えー?おんなじとうめいじゃーん!」
ヒカリが洗剤のボトルを傾けそうになった瞬間、ヨドバシが飛び跳ねて阻止した。
「だめだ!死んでしまう!」
「じゃあこっちは?」
今度は醤油の瓶を手に取る。
「それも調味料だ!実験材料はこっちの棚!」
ヨドバシが必死に正しい実験材料の場所を教える。
「あー、そっちかー」
結局、正しい透明な実験用液体を数滴垂らすと、ニンジン入りの紫色の液体が虹色に光り始めた。
「できたー!」
小さな試験管の中で虹色に光る液体がユラユラと揺れている。なぜかニンジンの欠片も一緒に浮いている。
「どろだんごマスターやく、かんせーい!」
ヨドバシが心配そうに見つめる中、ヒカリは薬を一気に飲み干した。
「にがーい...あ、にんじんのあじもするー」
3秒後。
突然、ヒカリの手の感覚が変わった。
「これは...すごーい!」
庭に駆け出す。ヨドバシも慌てて後を追う。
ヒカリの手が自然に土を掘り始めた。
「うわあああ!てがかってにうごいてるー!」
土をこねる。丸める。表面を滑らかにする。
しかし。
「あ、あれ?」
ヒカリが触った植木鉢も、なぜか泥団子のような質感になっていく。
「ヒカリ、植木鉢が...」
「わー!」
慌てて別の場所を触ると、今度は庭の水やり用のホースも泥っぽくなった。
「なんでもどろだんごになっちゃうー!」
「副作用か...」
それでも、ヒカリの手の中では完璧な泥団子が出来上がっていく。
「もうすぐかんせい...」
2分30秒経過。
「ほんとうにひかってるー!」
ヒカリの手の中には、まさにテレビで見たような完璧な光る泥団子があった。
「やったー!やったよヨドバシー!」
「すげえ!本当にできた!」
ヨドバシも尻尾を振って喜んでいる。
しかし、その瞬間。
ヨドバシの目が光る泥団子に釘付けになった。
「この泥団子...」
「どうしたのー?」
「うめたい...」
「え?」
「庭に埋めたい...すごく埋めたい...」
ヨドバシの犬の本能が騒いでいる。
「だめだヨドバシ!がまんして!」
「でも...でも...」
ヨドバシが泥団子に向かって一歩近づく。
「だめー!」
ヒカリが慌てて泥団子を高く掲げる。
その時。
ちょうど3分が経過した。
ヒカリの手の感覚が急に元に戻った。
「あ...」
そして、手の中の完璧な泥団子が、ボロボロと崩れ始めた。
同時に、泥っぽくなっていた植木鉢やホースも一緒にボロボロと崩れていく。
「わああああああ!」
庭中に土のかけらが散らばる。
「だめだめだめだめー!」
ヒカリは地面にペタンと座り込んで、声を限りに泣き始めた。
「うわああああああん!せっかくかんぺきなどろだんごができたのにー!」
涙がポロポロと止まらない。植木鉢も壊れちゃった。
「うえええええん!」
ヨドバシが静かにヒカリの隣に座った。
「ヒカリ...」
「なんでー!なんでくずれちゃうのー!」
「でもさ」
ヨドバシが優しい声で話しかける。
「3分間、君は本当に泥団子の天才だったんだ。俺は見てたよ。君の手が職人さんみたいに動いてるのを」
ヒカリの涙が少しずつ止まってくる。
「それに、俺も泥団子を埋めたくて必死に我慢してたんだ。君の作品がそれくらいすごかったってことだろう?」
「ヨドバシ...」
「たとえ3分でも、君は本物の職人になれたんだ。それってすごいことじゃないか?」
ヨドバシが崩れた泥団子を見つめる。
「それに、泥団子って作る過程が楽しいものなんじゃないかな」
窓の外では、近所の子供たちが笑いながら泥まみれになって遊んでいる。
「...うん」
「今度は薬なしで、のんびり作ってみたらどうだ?」
ヒカリは小さく頷いた。
「でも...また変なおくすり作っちゃうかも...」
「それでもいいよ。君の変な薬作りも、見てて楽しいからな」
「こんどは...えいきゅうにこうかがつづくおくすりを...」
「おい」
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