『氷河期世代の派遣おっさん、会社の親睦会ごと異世界転生したら俺だけ“スキルなし無職”で即追放されたけど、コツコツ成り上がってたら正社員どもをざまぁして国まで乗っ取ってましたの件について〜』
カトラス
第1話 第1章 居酒屋と絶望とおっさん
俺の名前は高野一朗たかの いちろう、43歳。派遣歴、もうすぐ15年。
今夜も、例の地獄に向かっている。
「……やっべ、靴下までグッショグショじゃん……」
梅雨ど真ん中の東京・新橋。
駅前のロータリーを傘差して歩く俺の姿は、まさに“沈没寸前のおっさん”だった。
仕事終わり、派遣社員の俺に突きつけられた“強制イベント”。
それが――
会社主催の親睦会。
「はぁ……親睦なんて、あるわけねーだろ……こっちは契約社員だぞ……」
念のため言っておくが、“任意参加”とは名ばかりだ。
先月参加しなかった派遣仲間の佐藤さんは、次の月に「更新なし」のメール一通で消えた。
「やる気の問題かもって言われてましたよ」
って正社員の若造が言ってた。
やる気で人生が変わるなら、氷河期世代なんて絶滅してるわ。
* * *
居酒屋「魚民」の個室に入ると、すでに“地獄鍋”が出来上がっていた。
「おっ、一朗さ〜ん! 来た来た! 遅いよ〜!」
「高野さん、遅刻厳禁ですよぉ。ちゃんと“正社員”の意識、持ってかないとっすよ〜!」
「……俺、派遣ですけど」
「いやいや、気持ちの問題っすよ! 気持ちの〜! ハイ、まずビールいっときましょ!」
テンションが高すぎる20代の営業くんに腕をつかまれ、強制的に座らされる。
すでにテーブルには飲みかけのジョッキ、食い散らかされた枝豆、飛び交う説教。
「あのさー、氷河期ってさ、何があったんすか? ネットで見るけどピンとこなくて〜」
「いや……その、求人倍率が……」
「ってか、よくそんなんで今生きてますよね? ウケる!」
笑い事じゃねぇよ。
「でも正直、今の若い子の方が大変じゃないっすかぁ〜? 物価も上がってるしぃ〜」
「それ、お前の苦労と俺の苦労を競わせるな」
「あっ! 今の名言っすね! ハイ記録〜!」
お前が記録すんなよ、俺があとでスキルでやるからな。
時計を見ると、19時20分。
まだ開始して30分なのに、体感は2時間超えてる。
この空間、時空が歪んでるんじゃないか?
そう思った矢先――
「……あれ? 店の壁、なんか揺れてね?」
最初に異変に気づいたのは、経理の眼鏡女子・佐伯さんだった。
「なんか……壁、ボコボコしてない……?」
「え? 壁っていうか、あれ、岩?」
「ちょっと待って、照明暗くなってる! 店員さーん! すいませ――」
ズズンッ……!
という地鳴りとともに、俺たちの座敷がまるごと、何かに吸い込まれるように沈んだ。
「「「うわああああああ!!」」」
床が崩れる。天井が砕ける。
そのとき、スマホが突然ぶるっと震え、画面に奇妙なニュースが表示された。
【速報】新橋駅周辺にて、局所的な“時空転移現象”が発生。外出は控え──
──真っ白な光が視界を覆った。
次に目を開けたとき、俺は――
* * *
「な、なんだここ……」
目の前に広がるのは、草原、青空、そして中世風の建物。
遠くには城壁の街。すぐ隣には、あの居酒屋で飲んでた連中が立ち上がっていた。
「ちょ……おい! これ、異世界じゃね!?」
「スキル……スキル出てきた! 俺、“雷の剣”って書いてある!」
「俺は“治癒の聖光”! これ、ヒーラーってやつ!? やったー!」
「なんか俺、“勇者”って表示されてんだけど!? マジで!?」
「オイオイ、俺なんて“魔法剣士イケメン”って……括弧付き!?」
全員テンション爆上がり。
そして――
「高野さんは? おっさんは? なんのスキル?」
「えっと……“なし”、ですね。職業も“無職”って」
「……え?」
「無職?」
「スキルも無し?」
「マジで?」
──全員の目が冷えた。
「いやぁ〜、仕方ないっすよね〜、年齢的にも適性ないのかも?」
「スキルないなら、村にいさせるわけにも……いや、まぁ……旅立ち前にね?」
「ここから北に廃村があるから、そこに住むとかどうすか? サバイバル!」
……こうして、俺はスキル無し無職として、異世界に放り出された。
だが、そのとき――
俺の視界に、ひとつだけ静かに点灯したログがあった。
《スキル取得:記録ログ》
あらゆる現象・知識・スキル・魔法・人物・感情などを自動記録します。
──……なにこれ?
いや、地味。
地味すぎる。
でも、これって……本当に“なんでも”……?
こうして、“スキル無し無職”と呼ばれたおっさんの、異世界ざまぁライフは始まった。
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