第27話:馬超の「違和感」と新時代の騎馬戦術
西涼の荒野に、趙雲と馬超、二人の若き騎兵が並び立った。背後には、馬騰軍の兵士たちが勝負の行方を見守っている。彼らの視線は、趙雲の馬に装着された見慣れない革の輪、簡易鐙に集中していた。そのどれもが、胡散臭げな、あるいは嘲笑するような色を宿している。
馬超は、趙雲を真っ直ぐに睨みつけた。
「勝負は、ただ速さを競うだけではない。この西涼の騎兵術は、馬と人が一体となって戦場を駆け抜けるもの。貴公のその奇妙な道具が、どこまで通用するか、見せてもらおうか!」
馬超の言葉には、西涼の騎馬民族としての誇りがにじみ出ていた。彼は、この若造の奇妙な道具が、自分たちの伝統と、馬への深い愛情に裏打ちされた騎兵術を侮辱しているように感じていたのだ。
趙雲は静かに頷いた。
「異議はない。馬超殿の騎馬術、この目でしかと拝見させていただきます」
彼の胸中には、高校最後の大会で落馬した苦い記憶が蘇っていた。あの時、技術の未熟さゆえに、愛馬の力を引き出せず、自分自身も無念の思いをした。しかし、今の彼は違う。この簡易鐙は、あの時の自分と、そして馬への後悔を乗り越えるための、彼の知恵の結晶だ。
馬騰の号令が、荒野に響き渡る。
「始め!」
馬超が、馬を駆った。彼の馬術は、見る者を圧倒するほどに華麗で、力強い。馬超の身体は、まるで馬と一体になったかのように滑らかに動き、荒野の凹凸をものともせず、風のように疾走する。その姿は、西涼の騎兵たちの喝采を浴び、彼らの誇りの象徴そのものだった。
しかし、趙雲は動じなかった。
趙雲もまた、馬を駆った。彼の馬術は、馬超のような華麗さはない。だが、彼の馬の動きは、驚くほどに安定していた。足元の鐙に体重を預けることで、馬体が上下左右に揺れても、彼の身体は一切ぶれない。馬が加速し、急カーブを切る際も、鐙に力を込めることで、馬の重心と完璧に同期し、その動きを補助する。
馬超は、その光景に微かな「違和感」を覚えた。
(なぜだ……なぜ、あの若造の馬は、これほどまでに安定している?まるで、馬の動きを完璧に制御しているかのようだ……)
馬超は、勝負に勝ち、趙雲の鼻を明かすことしか考えていなかったが、この不可解な光景に、次第に苛立ちが募り始めた。彼の武勇と、馬への深い理解をもってしても、趙雲の馬の動きを理解できない。それは、彼の騎兵術の常識を覆すものだった。
勝負は、周回コースで行われた。馬超は趙雲を抜き去るために、幾度となく馬を加速させるが、趙雲の馬は、まるで彼の動きを見透かすかのように、馬超の馬のすぐ後ろにぴったりと追随する。趙雲は、馬の疲労度を計算し、無理のない速度を保ちながらも、決して馬超に離されることはなかった。
その様子を、見守っていた馬騰は、驚きに目を見開いていた。
(子龍殿の馬は、ほとんど揺れておらぬ。あれでは、馬の背で槍を突き出すことも、弓を射ることも、意のままだろう……!)
馬騰は、趙雲がもたらした馬具の「意味」を、その優れた洞察力で理解し始めていた。それは、単なる速度を競うためのものではない。騎兵の戦闘能力を、根本から変えるための、革命的な発明だったのだ。
勝負は、最終周回へと突入した。馬超は、趙雲に追いつかれ、焦りを隠せなくなった。彼は、馬に鞭を入れ、最後の力を振り絞る。しかし、馬の背は既に汗で濡れ、疲労の色は隠せない。
その時、趙雲は馬を加速させた。鐙に力を込め、馬の背から立ち上がり、馬の重心を前に傾けさせる。馬は、その動きに呼応するかのように、最後の力を振り絞り、馬超の馬を追い抜いていく。
「な、なんだと!?」
馬超は、信じられない光景に、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。趙雲の馬は、彼の馬を追い抜いた後も、速度を緩めることなく、ゴールへと向かっていく。それは、まるで、馬の限界を超えたかのような走りだった。
勝負は、趙雲の圧勝に終わった。
馬超は、悔しさで唇を噛み締めていた。しかし、彼の瞳には、悔しさだけでなく、趙雲がもたらした「新しい騎馬の感覚」への、強い「好奇心」と「違和感」が入り混じっていた。
趙雲は、ゴールした後も馬を優しく撫で、その健闘を労った。そして、馬超へと歩み寄り、静かに語りかける。
「馬超殿、馬は、ただ速く走るための道具ではありません。馬の力を、最大限に引き出し、共に戦場を駆ける、唯一無二の相棒です」
趙雲の言葉に、馬超はハッとした。彼の胸に、趙雲の言葉が持つ「真実」が、深く響き渡る。それは、彼の騎馬術が、趙雲のそれに敗れた理由でもあった。
馬騰は、趙雲の言葉と、その馬術を目の当たりにし、深く頷いた。
「子龍殿、見事であった。お前の騎兵術は、我らの常識を遥かに超えておる。この馬騰、貴公の言葉に耳を傾けよう」
馬騰の声には、敗北の悔しさよりも、新たな可能性を見出した喜びが満ちていた。ここに、西涼の馬騰・馬超勢力と、趙雲との間に、新たな「智」と「武」の融和への第一歩が踏み出されたのだ。
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