第3章 曖昧な態度の彼
陽菜はソファに座り、スマホを手に持ったまま、画面を見つめていた。旅行の計画を立てるために、悠斗にメッセージを送ってからすでに30分が経過していたが、返信はまだ来ていない。窓の外では秋の風が木の葉を揺らし、陽菜の心もそれに合わせてそわそわと揺れていた。やっと決まった二人での旅行。なのに、なぜか胸の奥に小さな不安が芽生えていた。
陽菜と悠斗は、別れてから半年が経っていた。別れの理由は、はっきりしたものではなかった。陽菜が「このままじゃお互い良くないよね」と切り出したとき、悠斗はただ「うん、陽菜がそう思うなら」と答えただけだった。その曖昧な態度は、陽菜を苛立たせながらも、どこかで彼の優しさだと感じていた。でも、その優しさが、時に陽菜を不安にさせることもあった。今回の旅行も、陽菜が「もう一度ちゃんと話したい」と提案したことで決まったものだ。悠斗は「いいよ、楽しそうじゃん」と軽い調子で賛同したけど、どこか本気度が感じられなかった。
スマホが震え、通知音が鳴った。陽菜は急いで画面を確認した。悠斗からのメッセージだ。
「で、いつ行くんだっけ? 他に行く人、見つからないの?」
陽菜の眉がピクリと動いた。「他に行く人、見つからないの?」ってどういう意味? まるで自分が代わりでもいいみたいな言い方。陽菜は一瞬、深呼吸して気持ちを落ち着けようとしたが、胸のモヤモヤは収まらなかった。彼女はすぐに返信を打ち始めた。
「え、なんでそんなこと聞くの?」
送信ボタンを押した瞬間、陽菜は後悔した。少しキツい口調になってしまったかもしれない。でも、悠斗のあの曖昧な態度には、もう我慢が限界だった。別れ話のときもそうだった。陽菜が「別れよう」と切り出すと、悠斗は「うん、陽菜がそう思うならそれでいいよ」と答えた。まるで自分の意見がないかのように。陽菜が決断を押し付けられているような感覚に、いつも苛立っていた。
数分後、悠斗から返信が来た。
「いや、別に深い意味はないよ。恋人じゃないしさ。行かなくていいなら行かないだけ。別に行きたくないわけじゃないよ?」
その言葉に、陽菜のイライラが一気にピークに達した。なんでいつもこうなの!? ハッキリしない態度は、まるで陽菜の気持ちを試しているみたいだ。行きたくないなら行きたくないと言えばいいのに、なんでいつも中途半端な言い方をするんだろう。陽菜はスマホを握りしめ、思わず声を荒げた。
「行きたくないならハッキリそう言ってよ!」
声に出してしまったことに驚き、陽菜は慌てて口を押さえた。誰もいない部屋なのに、まるで悠斗が目の前にいるかのように叫んでしまった。すぐに冷静さを取り戻し、彼女はメッセージを打ち直した。
「行きたくないなら、ちゃんと言って。曖昧なの、嫌いだよ。」
送信ボタンを押すと、陽菜の心臓はドキドキと速く鼓動していた。こんな風に自分の気持ちをストレートに伝えるのは、実は得意じゃなかった。でも、悠斗のあの態度には、もう耐えられなかった。
数分後、悠斗からの返信が来た。珍しく、すぐに返ってきた。
「いや、行くよ! 行くって決めたじゃん! ただ、なんか…陽菜が本気で俺と行きたいのかなって思ってさ。嫌いじゃないよ、陽菜のこと。」
その言葉に、陽菜の心はさらに複雑な気持ちで揺れた。嫌いじゃない、って何? じゃあ、好きなの? それとも、ただの友達として見てるだけ? 悠斗の言葉はいつもこうだ。核心を突かない、ふわっとした言葉ばかり。陽菜はため息をつき、スマホをソファに放り投げた。
結局、電話で話すことになり、陽菜は少し落ち着いた声で悠斗に問いかけた。「悠斗、ぶっちゃけ、この旅行、行きたい? 行きたくないなら、無理しなくていいよ。私、ちゃんと話したいだけだから。」
悠斗の声は少し焦ったように聞こえた。「いや、行くよ! ほんと、行くって決めたんだから。陽菜と旅行、楽しそうだし。…なんか、俺、変な言い方しちゃったかな。ごめん。」
その「ごめん」に、陽菜の心は少しだけ軽くなった。でも、完全にモヤモヤが消えたわけじゃなかった。悠斗の声には、確かに申し訳なさが込められていたけど、どこかでまだ本心が見えない気がした。陽菜は小さく笑って、「じゃあ、ちゃんと予定立てようね。私、楽しみにしてるから」とだけ言った。
旅行の日程は「行く方向」で決まった。陽菜はノートに予定を書き出し、観光スポットやレストランを調べ始めた。でも、心のどこかでは、悠斗のあの曖昧な態度が引っかかっていた。この旅行で、ちゃんと向き合えるのかな。悠斗の本心、ちゃんと聞けるのかな。そんな不安が、陽菜の心に小さな影を落としていた。
次の日、陽菜はカフェで友達の美咲にその話を打ち明けた。「悠斗ってさ、いつもこうなんだよね。ハッキリしないっていうか、全部私に決めさせるみたいな。」
美咲はコーヒーをすすりながら、首をかしげた。「それ、悠斗の優しさなんじゃない? 陽菜の気持ちを優先しようとしてるのかもよ。」
「優しさ? でもさ、それってただの責任逃れにも見えるよ。自分の気持ちを言わないで、私に押し付けてるだけじゃん。」陽菜は少し声を大きくして言った。
美咲は笑いながら、「まあ、確かに悠斗ってちょっと面倒くさいタイプかもね。でもさ、陽菜が本気で向き合いたいなら、旅行でガツンと本音引き出してみたら? 曖昧な態度も、そこでハッキリするかもしれないよ。」
陽菜は美咲の言葉に、ふっと笑顔を見せた。「うん、そうだね。旅行、ちゃんと楽しむだけじゃなくて、悠斗の本心、ちゃんと聞きたい。」
その夜、陽菜は再びスマホを手に取り、悠斗にメッセージを送った。「ねえ、旅行のプラン、こんな感じはどう? あと、ちゃんと話したいこともあるから、時間作ってね。」
悠斗からの返信は、いつもより少し早かった。「お、いいね! プラン楽しみ。話したいこと、俺もちゃんと聞くよ。」
その言葉に、陽菜は少しだけ希望を見出した。でも、心の奥ではまだ、悠斗の曖昧な態度に対する不安が消えなかった。この旅行が、二人の関係をどう変えるのか。陽菜はそれを確かめるために、静かに決意を固めた。
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