第十三話 急上昇

 雪衣と藤路が偽の結婚式をしてから数ヶ月。

 明らかな変化が起こっていた。


 経営が傾き始めていた宵桜結婚相談所だったが、家族に記者がいる男性の仲人をしたところ、新聞や雑誌に記事が載って客足が伸び、今も人気が急上昇している。

 祖母はいつも以上に忙しく、そして楽しそうに仕事をしており機嫌がいいせいか、家の雰囲気もすごくいい。


「おめでとうございます! 特賞! 大当たりです!」


 その上、今日は商店街の福引で特賞の高級洋服タンスが当たった。

 実は先週も月好百貨店の催しでくじ引きがあり、最新の蓄音機が当たっている。

 家を増築するために、庭を掘っていたら、宵桜家の先祖が隠していた埋蔵金を掘り当てたなんてこともあった。



「お嬢様、本当についてますね。最近すごいです……!」

「少し怖いくらいよ。本当に、不思議なものね……小松にまで良い人ができちゃうんだもの」


 その埋蔵金を掘り当てた大工が、小松の現在の恋人である。


「うふふ。まさか小松もこの歳で恋人ができるとは思ってもおりませんでした」


 相性によって運勢が上がるということを、実感せざるを得なかった。

 藤路が宵桜家で暮らすようになってから、本当に、悪いことが一つも怒らない。

 怖いくらいに、いいことしか起こらないのである。


「それに比べて……――――今度は窃盗でしょ?」

「そうらしいですね」


 藤路のおかげで福が舞い込んだのか、反対に月好家では不幸なことが立て続けに起きているらしい。

 昨夜は家宝である高価な壺や掛け軸を盗まれたそうだ。

 犯人は元使用人ではないかと言われている。

 その前は、月好百貨殿の西側でボヤ騒ぎがあったり、京一が野良犬に手をかまれるなんてこともあった。


「それで藤路さんが婿養子となってから、本当に宵桜家に良いことばかりが起こっていて……その上、演技とはいえ、お嬢様と藤路さんは傍から見ればとてもお似合いの夫婦。月好家の運気を上げようと、あの人がついに見合いをすると言い出したんですから、よっぽど焦っておいででしょうね」


 宵桜結婚相談所が縁結びの神様と呼ばれていることを全く信用していなかった京一も、明らかに藤路に幸福が舞い込んでいるのを見て、ようやく見合いの日取りが決まった。

 雪衣と小松は、その見合い相手の今田家に京一の写真を届け、その帰り道である。


「明子さんご本人は不在でしたけれど、今田さんのお家も中々立派なお屋敷でしたね。さすが、外国と取引をしているだけあって……」

「明子さんのご両親も、逆縁結びには賛成しているっていうのが改めてわかってよかったわ。もし、園子さんだけが、明子さんを恨んで……ってことだったらどうしようかと思ったけれど」


 逆縁結びの依頼をしたのは、妹の園子だったが、改めて両親に確認すると、園子の友人の婚約者を奪ったことは事実で、人のものを欲しがる悪い癖は、どんなにきつく叱っても、改善されなかったらしい。

 そのくせ、一度手に入れると興味がなくなってしまうのだとか。

 園子とは本当に正反対の性格のようで、両親は明子のことはもうすっかり見捨てている。

 明子の見合いの話より、園子と縁談の話が出ている取引先の御曹司との相性はどうかと聞かれて、ついでに占ってみるととても相性が良いことが分かった。


 園子の縁談は、絶対に邪魔されたくない。

 その為に、早く明子と京一の逆縁結びを成功させてほしいと頼まれた。

 どちらも本当に問題児であることがわかり、不幸になるべきだと心底思った。

 この逆縁結びさえ成功すれば、雪衣に待っているのは――――



「あ、おかえりなさい。雪衣さん」

「た、ただいま。藤路さん……」


 この美しい顔を毎日拝むことができなくなる、ということくらい。


「――――その方は、一体どなた?」


 キヌの言いつけで、月好家の前以外では狐面を外すようになった藤路は、忙しくなった結婚相談所の業務を手伝っていた。

 今も、いつものように入口前の落ち葉を掃いていた彼の腕に、女が一人絡みついている。


「その……お客さんです。いい縁談がないか、相談に来たようなんですが――――」

「もう、酷いわ! お兄さん! 私、あなたと夫婦になりたいって言っているのにぃ」


 契約結婚とはいえ、仮にも自分の夫にべたべたとくっついている女を見て、いい気はしない。

 しかも、妙に間延びした猫なで声で、媚びを売っているのが気に食わない。


「私はぁ、結婚するならお兄さんみたいな綺麗な顔の人と結婚したいのよぉ。ねぇいいでしょう? ここに来れば、良縁に恵まれるって聞いたの。そういうことでしょう? 私の運命の人はぁ、お兄さんに決まってるわぁ」


 雪衣はイラつきながら、どういうことか詳しく話を聞こうとした。

 だが、その顔をよく見て、気がつく。


「今田明子さん……?」

「あら? 私のこと、ご存じぃ?」


 つい先ほど、京一の写真を届けに行ったばかりの、今田家の問題児だった。

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