第十一話 契約結婚
「――――へぇ、これがお前の嫁か。まぁまぁだな」
あれからとんとん拍子に縁談の話が進み、月島家ご用達の料亭で両家の顔合わせが行われた。
一応、本当に籍を入れるわけではない。
キヌとしては、正式に婿養子として受け入れる気満々なのだが、藤路が雪衣に配慮して、そういうことになった。
藤路の目的である逆縁結びが終わるまでの間のみの、偽物の夫婦。
報酬は藤路が所有している月好家の土地と引き換えということになっている、契約結婚だ。
西洋化が一気に進んでいる東京の一等地にあるため、いつ売ってもそれなりの額になる。
夫婦のふりをするのは、月好家の家族の前と、事情を知らない美衣と静の前だけでいい。
静に話さないのは、余計なことを話して、破談にされるのを防ぐためだ。
そもそも、確かに一つ屋根の下で生活はしているものの、静とはほとんど顔を合わせることはないのだが、念のためである。
顔合わせの席に参加したのは、宵桜家からは祖母のキヌ、祖父の
継母である静は何をしでかすかわからないため、顔合わせには参加させるつもりは元からなった。
ところが、美衣は「お姉さまのお相手がどんな方か知りたい」と言ってきかなかったので、仕方なく連れてきただけである。
一方、月好家からは、祖母の
宗一は長治郎と当たり障りのない、大人同士の会話をしながら酒を飲んでいた。
菊とキヌはお互いに笑っていたが、牽制しあっている。
そして、京一はというと、興味深そうに雪衣の顔を観察し、「顔は妹の方が美人だ」など、失礼な発言を連発していた。
「兄さん、そういう言い方はやめてよ。女性に対して失礼だろう?」
「俺は事実を言ったまでだ。お前のような男を婿養子に使用だなんて、奇特なやつが本当に存在するとはな……」
本当に失礼な男だと雪衣は殴ってやりたくなっているのをぐっと抑えている。
こんなのにしっぽを振っている狸顔の女たちの気持ちが、雪衣にはさっぱり理解できない。
しかし、ここで本当に殴りでもしたら、「こんなじゃじゃ馬を紹介するようなところからの紹介で見合いなんてしない!」とでも言われたら終わりだ。
できるだけお淑やかなお嬢様を演じているが、テーブルの下では拳をぎゅっと握りしめていた。が――――
「雪衣さんはとても優しい人なんだよ」
「こんなに可愛らしい人と結婚できるなんて、夢みたいだよ」
「僕は雪衣さんなら絶対幸せになれるし、幸せにしてみせる」
などと、藤路が京一の暴言に対して歯の浮くような甘いセリフにも聞こえる言葉が気恥ずかしいのがちょうどいい塩梅となって、すっと怒りが引いていく――――というのを繰り返していた。
宵桜結婚相談所のおかげで、良い縁に巡りあえたという部分を強調するために、わざとやっているのだろうが、あまりにも甘い言葉ばかりいうので、やりすぎじゃないか?とすら思えきている。
嘘だと分かっていても、気分は悪くない。
普段言われ慣れていない言葉だからこそ、なんだかドキドキしてしまうこともあるが……
「ふん、まぁ、本当にお前が幸せになれたかどうかは、この俺が見極めてやろう。それより、雪衣さん」
「は、はい」
急に京一の口から名前を呼ばれて、雪衣は驚いた。
日本酒を片手に、京一は雪衣の目をじーっと見つめていたかと思うと、にやりと不敵に笑いながら言う。
「弟のどこが良くて、結婚しようだなんて思ったんだ? こんな気味の悪い面をつけている男のどこが気に入った?」
「え……?」
「月好の家柄か? こいつの取柄なんて、それくらいしかないだろう?」
「いや、その……顔です」
「顔? ははは! とことん変わった女だなぁ」
実は京一ですら、藤路が狐の面を外した素顔をしばらく見ていなかった。
最後に見たのは、火傷を負った直後の一番ひどい状態の時だ。
その為、大人に成長した藤路の顔が、自分なんかとは比べ物にならないくらい美しいだなんて、思ってもいなかった。
「こんな醜い顔の男の顔が気に入ったとは……探せばこんなおかしな女も存在しているものなのだな」
「そ、そうなんですよ。それに、この狐のお面も、見慣れてきたらなんだか可愛らしく思えて」
雪衣には、京一が心の底から笑っているように見えた。
弟の親友の妹を死に追いやった最低の人間であることに変わりはないし、雪衣に対して暴言も酷い。
「それは良かった。実は俺は兄として心配していたんだよ」
「心配……?」
それでも、裏を返せば、弟の相手がどんな女か心配して、わざとそうしていたとも思えなくはなかった。
常に顔を隠している男を婿にもらおうなんて、一体どんな女だと普通なら月好家の財産を狙っているのかもしれないだとか、詐欺を疑ってもおかしくはないだろう。
しかし……
「こいつの初恋の女が俺に惚れてしまってなぁ……それ以来、浮いた話の一つもなかったからなぁ」
京一は笑いながら、言ったのだ。
自分が死に追いやった、藤路の親友の妹・
千代と一緒に、自分の子供も死んでいるというのに。
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