第二話 狐面の男
雪衣は、その人の顔を見ると、その人の生年月日が、その人の頭の上に浮かんで見える――――という、不思議な能力を持っていた。
その能力は、子供の頃から持っていたというわけではなく、一昨年の春、父が死んだ後、突然、手に入れたものである。
最初は、どうやって頭の上に文字を浮かすことができているんだろうと不思議に思ったが、すぐにそれは自分の目にしか見えていないものだと気がついた。
そうなると、一体なんの日付が見えているのかが気になった。
見えている日付は、皆ばらばらで、すべて過去のもの。
しばらく考えて、そのうち何人かにその日付に心当たりはないかと訊ねると、皆「生まれた日です」と答えた。
そして、その生年月日が見えるという不思議な能力は、生きている人でなくてもいい。
写真の中の人物でも構わない。
とにかく、顔が頭のてっぺんまではっきり見えていれば、勝手に浮かび上がって見えるのだ。
祖母にこのことを話すと、それは宵桜の血を引く人間に稀に発現する能力らしく、以前は祖母の大叔父に当たる人が同じ能力をもっていたらしい。
この能力のおかげで、雪衣は静の本当の生年月日がわかり、年齢を偽っていたことが判明したのである。
「どうしても聞きたいことがあったので、こちらに伺いました。こちらは家柄だけでなく、生まれながらの相性まで調べてくれると聞きましたが……」
だが、今、雪衣の目の前に座っているこの大男は、顔全体を狐の面で隠している為、顔が分からない。
だからこそ、何の日付も彼の頭上には浮かんでいなかった。
眼鏡程度なら問題ないが、こうも顔が見えなければ、まったく見えないのである。
「え、ええ。うちは何よりその人の生まれた日を重要に思っています。それは生まれ持った本質ですから、結婚となると家柄も大切ですが、何より本来持った相性が大切なんです」
「生まれ持った本質……なるほど。それじゃぁ、生まれた日さえわかれば、相性の良い人を紹介していただけると、そういう仕組みですか?」
「ええ。まぁ、相性といいましても色々ありますので、結婚して上手くいく相性を持っている何人かをご紹介して、その中から選んでいただくということになりますね」
「なるほど……」
雪衣は話の内容があまり頭に入ってきていなかった。
何故こんな狐の面をつけているのか、そして、帽子は脱いだのに、どうして外さないのか、いつまでつけているのか、このまま狐の面をつけたまま話をすすめるつもりだろうかと考えれば考えるほど、気になって仕方がない。
それほど違和感があったし、なんだか異様な感じがした。
顔が全く分からない人間と話していると、なんだか不審者と対峙しているように思えてくる。
――――何故顔を隠しているのかしら? ものすごく不細工なのかしら?
そんな失礼なことを考えているのが表情に出ていたのか、男は狐の面を指さして言った。
「ああ、この面が気になりますよね。すみません。実は、顔に酷い痣がありまして……とても人様にお見せできるような顔ではないのです。相手に対して失礼だとは思っていますが、私の素顔を見た方が不快な思いをされると思いますので、どうかお気になさらずに」
「そ、そうですか……」
先にそう言われてしまっては、さすがに面を外せとはいえない。
結婚相手を探すのであれば、生年月日が分かればいい。
何か理由がない限り、普通の人間は生年月日を偽ったりすることはないだろうし、そもそも雪衣が人の生年月日が見えるというこの不思議な力を持っていることは、宵桜家でもごく一部の人間しか知らないことだ。
より最適な相手を見つけるために、名前、生年月日の他に職業や家族の情報、趣味や結婚相手に求める絶対条件等を記入してもらうことになっている。
雪衣が直接顔を見て生年月日を見る必要は、依頼者に対してはない。
この能力が発揮されるのは、相手を探す時だ。
宵桜結婚相談所に保管してある独身者の情報の中に、丁度良い相手がいない場合、まったく別のところから相性の良い生年月日の人物を見つけてこなければならない。
同じ町で見つからない場合は、地方へ出向いて……なんてこともある。
つい最近も、京都まで行って相性のいい生年月日の相手を見つけてきたこともある。
「それで、僕が聞きたいのはその相性について何ですが……どのように決まるんですか? 良い悪いの判断は……」
「それは、我が宵桜家に代々伝わる占い方法があるんです。これに関しては、企業秘密になるので詳しいことは言えないんですけれど……」
宵桜結婚相談所の初代は元々陰陽師だったこともあり、大陸から渡って来た四柱推命が元になっていて、統計学に近い部分もあった。
宵桜家では独自の方法で編み出した占い方法となっており、それがまたよく当たるのである。
「――――では、逆に最悪の相性もわかるのでしょうか?」
雪衣は驚いて、じっと狐の面の男を凝視する。
最高の相性の相手を見つけて欲しいと依頼されることはあっても、結婚相手に最悪の相性の相手を求められたことはない。
「えーと、もちろんわかりますが……それを知って、どうするのですか? 仮にその方と縁談が進み、結婚しても、その先には不幸しか待っていないと思いますが」
「だからですよ」
「え……?」
用紙に名前と生年月日をさらさらと記入しながら、男は言った。
「最悪の相性の相手を見つけて欲しいんです。できれば、結婚したら早死にするような相手がいいです。寿命が縮んでしまうような、最悪の相手が」
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