自分、解決いいっすか?~すべてのカードゲームのカードをデッキに入れられる異世界は、特殊裁定のオンパレードだった~
荒咲 木綿
教室ロック
『悠然アイラ! 全裸になって土下座しろ!』
「誰がするもんですかっ!」
『ならば、このまま《冥府の大瀑布》に呑まれて溺れ死ぬがいい!』
教室の外から、男の高笑いが聴こえる。
ぼんやりと、一メートル先まで近づいた天井を眺めながら思う。
(俺は、どうしてこんなことに巻き込まれているんだっけ……)
全身が濡れて冷たい。教室には今も水が大量に流れ込み続けていて、数分としないうちに溺れてしまうことが予想された。
俺の隣では、二年先輩で、生徒会長で、赤い長髪をポニーテールにしていて、才色兼備でスタイル抜群で、おまけに“カナヅチ”の悠然アイラ先輩が俺の左腕を浮き輪の代わりにしている。
生徒会長を狙った何らかの犯罪的行為に、俺は巻き込まれてしまったらしい。
「ちょっと、ぼーっとしてないであなたも何かカードを使いなさい!」
悠然先輩はそう言うと、再び相棒のカードを取り出して宣言する。
「《列鬼衆・不転のヤコウ》、天井を攻撃して破壊しなさい!」
するとカードが光を放って、鬼の面をつけた鎧武者が姿を現す。
――しかし、鎧武者は召喚者である悠然先輩の命令を聞かず、出てくるだけ出てきてゆっくりと水中に沈んでいく。すでに水位は二メートルを超えているため、頭の先まで水に浸かる。
「やっぱりダメ……なら、泳いでる魚を攻撃!」
何度命令しても同じことだった。
なぜか攻撃をしてくれない。
この世界は、カードが実体化するらしい。そして、俺が元居た世界のカードゲームのカードがほとんどこっちの世界にもあって……すべてのカードを同じデッキに入れることができる。だから、別ゲーのカード同士を組み合わせて、それを現実の現象とすることができる。
この時、複数のゲームシステムが複雑に絡み合った結果、ワケの分からない現象が起きたりする。これを俺は【特殊裁定】と呼んでいる。
教室に水が溜まって溺れかけているのも、《冥府の大瀑布》のカード効果によるものだ。カードゲーム的には水を出すとか溺死させるとか関係ない除去札だが、こちらの世界ならこう処理されるらしい。
そうなると、鎧武者が攻撃をしないのもカード効果の影響だと考えられる。
この世界では、不可能な命令、プレイできないカードは処理されない。
今回の場合、召喚自体は可能だが攻撃を行わないため、攻撃ロックが仕掛けられていると考えるのが妥当か。
(だとすると、一番怪しいのは二匹の魚だよな……)
俺たちの浮かぶ水の中には、二匹の幻想的な魚が泳いでいる。攻撃してくることもなく、ただ泳いでいるだけ。いかにも怪しい。
(同じ生物を二体並べて攻撃をロックする……。そういうコンボを聞いたことがある)
たとえば「他の生物には攻撃できない」という効果。これが並ぶと、互いに互いを攻撃できなくするため、どこにも攻撃できなくなってしまう。
「なら《サムライ・ストライク》で魚を破壊!」
先輩が、今度は使い切りのカード使用を宣言する。
だが、カードは光らず、斬撃が発生することもない。
つまりプレイできないカードだった、というワケだ。《サムライ・ストライク》は対象を取る効果なため、おそらくは対象不適正によるものだろう。あの魚は対象耐性を持っているのだ。
(あるいは、ロック効果に攻撃のみならず効果対象制限もあるのか)
どちらにせよ、ここまでの推論では根本的な問題解決にはならない。
なぜなら、教室に水が流れ込むのは《冥府の大瀑布》の効果、攻撃と効果で壁を破壊して脱出できないのは二匹の魚のロック効果だとしても、教室の扉や窓が開かない理由が説明できないからだ。
(【特殊裁定】か? いや、起きている現象はシンプルだ。もう一枚、何かカードが使われていると考えた方が良い。この状況は、犯人も計算のうちのハズ。だから教室を封鎖できそうな効果を使っているんだ……)
封鎖。
すなわち
「……閃いた」
「本当!? 何か気づいたの!?」
「はい。閃きました。いや、実際“閃く”のはこれからなんですけど。自分、解決いいっすか?」
悠然先輩は期待を込めた眼差しで何度も頷いている。あまり目立ちたくはなかったが、巻き込まれた以上は仕方が無い。
「んじゃ行きますよ……しっかり掴まっててください。《世界のひらめき》を発動」
その瞬間、俺たちは一瞬だけこの世界の外側を垣間見て――
――教室の外に着地する。
「はい。解決しました」
俺が使用したカードは、全ての生物を一時的にゲーム外に取り除き、すぐに戻すカード。明滅なんて言われたりもする効果だ。ただし、ここで重要なのがどのシステムのカードを使ったか、ということ。俺が使ったのはカードの置き場がマスで区切られて、盤面におけるカード枚数に制限があるうえに位置関係も要素に含まれるシステムのカード。このカードゲームのシステムでは、明滅時に戻るカード置き場をカードの所有者が任意に選択できる。
このため、この世界で明滅効果を使うと短距離ワープができるのだ。
ビチビチッ!
俺たちの横に、一緒に泳いでいた魚も落ちてきた。
「バカな!? 何が起こった!?」
「凄い、服も乾いてる!」
「領域移動したから、掛かっていた効果が消えたんですかねー」
こんなのは【特殊裁定】に含まない、通常裁定の範疇の現象だ。
それでも、この世界の人々には理解が難しいらしいが……。
「おっ、やっぱ
教室の扉に貼りつけられたカードを見る。《停滞の鎖》……付与した対象が表示形式を変更できなくなるカードだ。これで窓や扉を開かなくしていたらしい。
「こんなことをして……懺悔の用意はできているんでしょうね」
悠然先輩は凄みながら、ピンと伸ばした二指で挟んだカードを犯人に向ける。
犯人は冷や汗を流し、一目散に逃げだした。
「《列鬼衆・不転のヤコウ》! あの男を捕まえなさい!」
「バカめ! 捕まらねーよ!《幻惑の虹鱗魚》の効果はまだ生きてるぜ!」
「それはどうっすかね?」
俺は《イグノアランス・ヴェール》を唱える。対象を取らない、全体効果無効だ。
直後、鎧武者が廊下を翔ける。
一秒のうちに距離を詰め、犯人はあっけなく取り押さえられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます