42話 さよなら、わたし


 ユリは、一歩踏み出した。

 ミナトの放つ花弁は空間を裂き、周囲の記憶を侵食する。


 「どうして、わたしだけが――こんな目に遭わなきゃいけなかったの」


 ミナトの声が響くたび、花が開き、誰かの悲鳴が空に消えていった。

 かつての巫女候補。落とされた少女たち。誰にも救われず、消えていった命。

 それが彼女の力の源だった。


 「あなたは全部見てきたんだね……。誰よりも優しかったから……全部、抱え込んだんだね」


 ユリはゆっくりと目を閉じ、胸元の札に手を当てた。

 彼女の中に眠る“浄化の力”が、静かに波打つ。


 「だから……せめて、わたしがその苦しみを引き受けるよ」


 札が淡く光り出す。だが、完全に制御された力ではなかった。

 使用するたびにユリの体は削れていく。


 ミナトは目を伏せたまま、ただ言う。

 「あなたがそれを使ったら、戻れなくなる。知ってるでしょう?」


 「知ってる。でも……これが、わたしの願いなんだ」


 札が破れ、光があふれる。

 黒い花の結界に白い光が混ざり、少しずつ、崩れ始める。


 「こんな世界でも、希望は残ってる。だから、あなたの中の“救われたい”って願いを……わたしに託して」


 ミナトの肩が震えた。

 そして、黒衣の中から一輪の“待宵草”が零れ落ちる。


 ――夜を待つ花。夜明けを拒む花。


 その意味を、ユリは知っていた。


 「ごめんね、ユリちゃん……本当はずっと、助けてほしかったの」


 ユリの光が、ミナトを包む。

 黒い花がしおれ、代わりに、白く小さな花が咲いた。


 戦いは終わった。

 だが、まだすべてが終わったわけではない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る