第29話
撮影を終えた瞬間、俺は椅子に背中を預けて大きく息を吐いた。
「やっと終わった」
もう体力的にも精神的にも限界だ。あのドタバタを耐え抜いたんだから、俺はよくやったと思う。
ところが、隣の透子はというと、非常に元気でやけに胸を張っている。
(若いっていいな)
「編集は私に任せてください!」
えらそうに宣言するその顔は、自信満々そのものだった。
「お前、編集できるのか?」
俺が半信半疑で尋ねると、透子はニッと笑って指を立てた。
「そりゃもう。最近は動画編集ばかりやってましたから!」
「へぇ、意外ですね」
ミユさんが小首をかしげ、目を丸くする。
次の瞬間、透子の口から衝撃の一言が飛び出した。
「レンさんの盗撮動画の編集です。Metubeで伸びるためには必要でしたから」
は?
あまりにも堂々としたカミングアウトに、俺は言葉を失った。
(いや、普通に犯罪告白じゃねぇか!)
「……っ」
何か言い返したかったけど、ぐっと喉が詰まる。この前ならいざ知らず、もう透子は俺の大切な(ビジネス)パートナーだ。そう何度も透子の欠点を突くのはよくないだろう。
ミユさんはというと、くすりと笑っている。
「なるほど、経験者なら安心ですね」
(いやいやいや! 安心できる経験の種類じゃないだろ!!)
そんな俺の心の叫びをよそに、透子はすでにパソコンを起動して編集作業を始めていた。
カチカチと軽快にマウスを操作し、映像を分割し、効果音を差し込んでいく。
「ここでズーム! はい、ここにキラキラ効果音!」
妙に手慣れてるのが余計にムカつく。
俺が半分呆れて見守っていると、ふいに透子が「あれ……?」と声を漏らした。
「ちょ、ちょっと待ってください。私の顔、映ってなくないですか?」
「え?」
画面を覗き込むと、本当に映っていなかった。
いや、正確に言うと、透子の腕や胴体、首はあるのに、肝心の顔が画面から抜け落ちている。
「わ、わたし、存在、消えてる!?」
「いやいやいや、ホラー動画かよ」
俺の背筋に冷たいものが走る。思い返せば、撮影中ずっと透子は「顔を出したくない」って繰り返していた。その強い願望から無意識にスキルを発動させてた可能性が高い。
「動画の取り直しですね!」
ミユさんがすぐに提案する。
だが、透子は泣きそうな顔で俺を見上げた。
「れ、レンさん!」
その潤んだ目を見た瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
確かに、透子は俺の盗撮動画でも、最初の方はちゃんと顔にモザイクをかけてくれていた。
彼女なりの気遣いだったのだろう。
(最後には再生数の為だろうか、顔出しの動画になったけどな!)
正直、俺の顔出しを無理やりした透子の顔を出させるのは、出来ないことはなさそうだ。けど、ここまで怯えてる透子を無理やり晒すのは、なんか違う。
「手だけの動画でいいんじゃないか?」
俺はぽつりと提案した。
「「え?」」
ミユさんと透子の声が重なる。
「スライム水の効能を見せるのが目的だろ。だったら、顔より手元の方がわかりやすい。透明な液体が光を反射すれば、それだけで十分映える」
俺の言葉に、透子は自分の手を見つめて、恐る恐る瓶を握った。白い指先と、きらめくスライム水。レンズ越しに見ると、それが思った以上に綺麗で、妙に説得力があった。
「これ、ありかもしれませんね。私もスライム水の効能に気づいたのはレンさんの手を見たからでしたし」
ミユさんが感心したように頷く。
「ほ、本当に? 手だけで、いいんですか?」
透子はまだ信じられないように俺を見ている。
「十分だよ」
俺は短く答えた。
「レンさん。ありがとうございます!」
そのときの透子の安堵した顔が、やけに印象に残った。
編集を終えた動画を、俺たちは三人で並んでチェックした。
画面に映っているのは、机の上に置かれた一本の瓶と、宙に浮いている謎の白い手。
そこにタイトルコールが重なる。
《【実証】スライム水で美肌革命!? 透明感がヤバい》
「な、なんか本物のレビュー動画っぽいですね!」
隣で透子が身を乗り出して声を上げる。
(お前、自分の顔が映ってないからって随分、上機嫌だな……)
そう。オープニングからラストまで、カメラには終始、手しか映っていない。
いや、正確に言うと透子の顔は、撮影していたはずなのに、完全に透明になっていた。
輪郭すらなく、まるで最初から存在していなかったみたいだ。
「みなさん、こんにちは! 透子です」
緊張した声で名乗るが、画面にあるのは透明な空間と瓶と手だけ。
おかしな映像のはずなのに、リアルな映像だから脳がバグる。
「こちらが、スライムから抽出した美容水です」
透子が瓶を傾け、手の甲に数滴を垂らす。
透明な液体が光を受けてきらめき、みるみる肌になじんでいく。
編集で差し込まれた「キラキラ」効果音が妙にマッチしていて、俺は思わず吹き出しそうになった。
「これから、毎日、このスライム化粧水を使うので、肌の変化に気づいてくれると嬉しいです!」
(手だけしか映ってないんだから、変化には気づきやすいよな)
俺は頷きながら動画を見ていた。
そして最後の「スライム水パック」。
シートマスクに染み込ませたスライム液で顔をパックする映像のはずだったのに、、カメラには顔そのものが映っていない。
透子の顔の形に多少歪んだシートマスクが、恐ろしいお面みたいな映像として流れる。
(いやいやいや、これ、ホラーじゃないのか?)
俺の背筋に冷たいものが走るが、映像としては確かに目を引く仕上がりになっている。
ラストは透子の手元のアップ。
「思った以上にすごいです。気になる人は、ぜひ試してみてください」
そこで動画は終わった。
「なんか、普通に完成度高いな(ホラー映像として)」
俺がぽつりと漏らすと、透子は胸を張った。
「でしょ? 盗撮で鍛えた編集力ですから!」
(いや、その経歴は一番胸を張っちゃダメなやつだろ……)
こうして、俺たちはMetubeに「スライム化粧水の宣伝動画?」を投稿した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます