第16話

 その夜は、正直言ってほとんど眠れなかった。


 瞳を閉じても、どこかから視線を注がれているような錯覚が拭えない。

 窓の外はただの闇のはずだ。けれど、その暗がりに誰かが潜んでいる気がして仕方がなかった。


 耳を澄ませば、外を歩く靴音が聞こえる。きっとただの通行人。そう分かっていても、心臓は勝手に跳ね、胸が浅く上下する。


 ゴウッと血の音が耳の奥に響き、鼓動に合わせて耳鳴りが強くなっていく。

 冷たい汗が首筋から背中に伝い、シーツがじっとり濡れた。


(参ったな、俺なんかを撮影して、いったい何が面白いんだ?)


 正直、怖い。けれど同時に理由を突き止めたいという衝動が勝っていた。


 ただの鍛冶師を狙うなんて、不自然すぎる。


(明日からは、探す側になってやろう)


 そう決めて、俺はようやく浅い眠りに落ちていった。






 翌日、冒険者ギルド。


「レンさん! 昨日の動画、見ましたよ!」


 扉を開いた瞬間、ざわっと視線が集まる。

 若い冒険者が駆け寄ってきて、興奮気味に言った。


「傘で酸を防ぐとか、マジでやばいっすよ!」


「もう鍛冶師じゃなくて英雄ですよ!」


(最初はレベル1の鍛冶師だからって笑ってたのに、人の評価なんてすぐに変わるものなんだな)


 正直、悪い気はしない。


 だが、胸の奥に冷たい塊が残っている。

 俺を盗撮している誰かが、この中に混じっているかもしれないのだから。


「ていうかレンさん、なんか最近、肌ツヤよくないですか? めっちゃ若返ってません?」


「え?」


 思わず固まる。すると周囲の冒険者も「確かに!」と口々に言い出した。


「俺も思ってました! なんか透明感っていうか……」


「そうそう。この前スライムの襲撃あった駅員さんも、やたら肌きれいになったってネット掲示板で噂になってたんすよ。あれ絶対スライム関係ですよ!」


 俺はとっさに口を開く。


「普通にカメラ映りが良いだけじゃないか」


「確かに、そうですね」


「ネット掲示板の言うことを鵜呑みにするのもほどほどにな。俺なんてネット掲示板でめちゃくちゃなこと書かれてるんだぞ!」


 俺の言葉に笑いが広がる。


(ネット掲示板の書きこみに揺れる俺が何言ってんだか)


 そんな風に考えながら、俺は若手の冒険者との会話を終えた。




 それからしばらくして。


「レンさん、大丈夫ですか? 顔色、悪いですよ?」


 背後から柔らかい声。

 振り返ると、受付嬢のミユが心配そうに覗き込んでいた。


「寝不足、ですか?」


「あ、ああ。まあ、ちょっと考え事をしてまして」


 苦笑いでごまかした。


 けれど彼女の心配そうな表情を見た瞬間、胸の奥に押し込められていた言葉が自然と出てきた。


「実は、少し気になることがありまして」


 俺は声を落とし、昨日の出来事を打ち明けた。


 Metubeに上がっていた隠し撮り動画。

 数週間も前から俺の行動が撮られていたこと。


 ミユさんは目を丸くし、それから真剣な表情に変わった。


「えっ、だって、レンさん自身がMetubeに投稿してるんじゃないんですか? 更新頻度もすごいですし」


「いや、違います。俺は一度も動画なんて上げたことはないんです」


「そんな……」


 驚きと怒りを滲ませながら、彼女はきっぱり言った。


「それなら、Metubeの運営に通報しましょう。違法な撮影なら必ず対応してもらえます」


 俺は黙り込み、小さく息を吐いた。


「そうですね。できることはやっておいた方がいいですよね」


「それに……」


 ミユは頬を赤らめながら、それでも真剣に続ける。


「レンさんが怖い思いをしてるなら、私が一緒に歩きます。ギルドが動かなくても、私はずっとレンさんの味方ですから」


 心臓が跳ねた。

 不安で冷え切っていた体に、じんわりと温もりが広がっていく。


(怖い。でも、大丈夫だ。俺にはやれることがある)


 恐怖は消えていない。

 けれど彼女の笑顔とその言葉が、前を向く力を与えてくれた。






 ギルドを出て、日課のスライム狩りに向かう途中。

 頭の中では、ずっと動画のアングルが引っかかっていた。


 どれも位置はバラバラなのに、なぜか「俺が絶対に振り返らない角度」ばかりだ。


(正面は一度もない。横か、背後ばかり。つまり、俺の死角を徹底的に狙っているってことか)


 ゾクリと背筋が冷える。

 だが同時に、脳の奥が冴えわたる感覚もあった。


 素材を解析するのは鍛冶師の性分だ。

 映像も一種の素材。そこから真実を引き出せるはずだ。


(監視してるつもりなら、今度は俺が逆に見てやる)


 恐怖はまだ消えない。

 だが、推理するという能動的な行動が、不思議と自信を与えてくれるのだった。






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