第6話

 朝。

 窓から差し込む光を背に、俺はチタン傘の最終メンテナンスをしていた。


 通電機構を仕込んだ中空チタンの槍。

 軽量・弾性・電気伝導性をすべて両立した、俺なりのスライム特攻装備だ。


 だけど。


(突く、刺すという行為は、これが初めてだ)


 木刀は叩く道具だった。

 けれど、これは一点を貫き、確実にスライムコアを破壊する武器。

 構造としては完璧。だが、本当に通じるのか、それを、今日確かめに行く。




 ギルドのカウンター


 受付嬢のミユさんはいつもの柔らかい笑顔で迎えてくれたが、目元がほんの少しだけ揺れていた。


「タカミネさん。探索の登録をなされますか?」


「スライム層、1階の登録をお願いします」


「はい。かしこまりました」


 彼女は照れくさそうに視線をそらし、咳払いを一つ。


「動画のあなたなら、きっと大丈夫です。でも、気をつけてください」


 それだけで、胸の奥がじんわりと温かくなった。


 その言葉に、俺は軽く頭を下げた。


 背後では、数人の冒険者たちがヒソヒソと話している。


「やっぱ、あいつ、ただの鍛冶師じゃねえな」


「木刀動画の人だよな。一人でダンジョンに入って大丈夫なのか?」


 視線が刺さる。でも、俺は前を向いて歩き出した。






 ダンジョン1階。

 そこには薄暗い魔力照明、湿った石畳が広がっていた。


(ダンジョン、思った以上に暗いんだな)


 そんなことを考えながら当初の予定通り、南側の低地へ移動し、周囲を見渡す。


 遮蔽物の位置、避難ルート、角の死角、すべて視界に記録する。


(ここなら、スパークの射線も確保できる)


 握りしめたチタン傘に軽く力が入る。


(トリガー通電で、一撃。理屈上は、いける)


 そのとき。


「プルンッ」


 ぬるりと通路の先で揺れる影。


 水色の球体、スライムだ。


 ゼリー状の体内に、コアが浮いているのが見える。


(先手必勝!)


 安全スイッチ、解除。

 トリガー、ON。


「刺す」


 バチッ。青白い閃光が槍先から走り、ゼリー体が瞬時に蒸発。

 中心の魔力核が、音を立てて破裂した。


(通った、想定通りだ)


 スパーク範囲、突き深度、反動。すべてが計算通り。

 設計通りにスライムを倒すことがことができた。


 でも。これは、まだ前哨戦だ。




 次の通路。

 視界の端に、色の濃い個体が現れた。


(濃度が濃い。これが噂の毒素凝縮個体!)


 今度のスライムは粘性が強く、動きに緩急があった。


 そして


「ぷしゅっ!」


 腐食性の体液が吹きかけられる。

 俺は反射的に傘を展開、が


「っ……!」


 足元がぬめり、滑った。

 傘がズレて、視界が消える。鼻を刺す酸の匂い。


(制御を失うな!)


 足の位置を調整。踏み込む角度を変え、もう一度視線でスライムのコアを探す。

 霧の向こうに、ぼんやりと見える核。


「ここだ」


 スライムのコアを刺して、電気を通す。すると、たちまちスライムは形を失った。


(よかった。何とかなった)


 俺は肩で息をしながら、手元を確認した。


 チタン傘の金属部分は異常なし。

 けれど、生地部分には黒ずんだ腐食痕。


(やられたか)


 武器としては、破損まではしていない。


 だが。


(耐酸性、生地部分が弱点だったか)


 骨格となる中空チタンは耐えている。

 けれど、生地に使ったナイロン素材が、酸に耐えきれず黒ずんでいた。


(想定外じゃない。けど、想定が甘かった)


 防水は、酸性とは違う。


 設計図が頭の中に展開される。

 新素材の候補。その値段。加工性。再設計余地、様々なことが脳内に浮かび上がる。


 すぐに、頭が切り替わった。


(今日はもう撤退だ。命を守るためにも、武器の改善をしないと)


 そんなことを考えて、俺はダンジョン探索を終えた。






 ギルドに帰還した俺を、ミユさんが迎えてくれた。


「おかえりなさい、タカミネさん!」


 その声に、ほんの少し安堵が混ざっていた気がする。


「スライム、どうでしたか?」


 俺は笑顔でスライムの魔石を差し出す。


 彼女はそれを受け取り、魔石を優しく指先でなぞった。


「スライムを倒せたようで何よりです!」


「まあ、スライム専用の装備を作ってますから」


「流石、鍛冶師さんですっ」


 照れくさそうに笑うミユさん。

 その手はまだ、魔石の表面に触れていた。


 大切なものを扱うように、優しい手つき


 それが、なんだか嬉しかった。






 夜。宿屋の部屋。


 照明にかざしたチタン傘の生地は、やはり腐食していた。


(スライムは順調に倒せた。設計思想は間違ってないはず。でも、素材が持たなかった)


 ノートを開く。

 項目を書き加える。


 ・生地部の再選定(酸性に強い素材が必要)


「次は、もっといい素材で作ろう」


 声に出したその一言が、静かな部屋の中で、少しだけ響いた。






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