挫けぬ心ーStandー

悔しさを認めて

 手を伸ばせば届くと信じてきた。でも、現実は残酷すぎた。


 何のために頑張ってきたのか、何のために目指したのかわからなくなる。


 悔しい、悔しい、もっと強くなりたいと願う。もっともっと力が欲しいって。


 でも、何処か清々しい気持ちもある。多分その理由は……。




ーー


 静かに目を開くエルクリッドは、少しぼーっとしながらも身体を起こし目を覚ます。しかしまだ部屋が暗いのもあって再び布団に入り、目を閉じながら身体を休め続ける。


(強かったな……)


 熒惑けいこくのリスナー・バエルを追い詰めながらも、彼の切り札たる紅蓮妃竜ぐれんきりゅうマーズを前に全く歯が立たず圧倒され、文字通り完膚なきまでに叩きのめされてしまった。


 それからフレイの街に担がれ帰還すると、十二星召の一人であるアヤセがすぐに自宅に泊まって良いとして介抱してくれて、言葉に甘える形で既に五日が経過している。

 エルクリッドは親友アミエラことマヤの部屋を使わせてもらっており、布団の中でもぞもぞしながら敗北の瞬間と、その後にこみ上げた悔しさを何度も思い出して胸が苦しくて仕方ない。


(くぅーん……)


(ごめんねダイン。みんなも……ごめん)


 目を閉じ心の中でアセスとの対話をし、落ち込むダインを撫でてやってから撫でてほしそうに寄ってくるセレッタにはぽんっと頭を触るに留め、スパーダにはそっと撫でられ、ヒレイは静かにそれを見守りエルクリッドをすぐ隣へ座らせる。


(ほんとに強かった……あんなに、力の差があるなんて……)


(真化したアセスがあれ程とはわかるわけありません。あそこまでなら、神獣とも相対して手にする事も……)


 ヒレイに寄りかかりながらエルクリッドはマーズの強さを思い返し、スパーダが答えながらさり気なく前へ出ようとするセレッタを剣で止め、やがて睨み合いその間にダインが寄ってエルクリッドに擦り寄って甘え、すぐにセレッタが反応した。


(ダイン! 抜け駆けはよくありません!)


(まーまー怒らないの。セレッタも撫でてあげるから)


 きょとんとして首を傾げるダインにセレッタが怒る理由はわからず、それにはエルクリッドも苦笑しつつも自ら呼んで軽快にやってきたセレッタを撫でてやり、それにはスパーダも小さくため息をつきつつ隣に座りながら寄り添う。


 今出せる力を出したが、ほんの僅かな差でひっくり返され負けてしまった。いや、最初からバエルがマーズを召喚していたならば、想定していたあらゆる策も力でねじ伏せられ叩きのめされていたと思い返す。


(エルクリッド申し訳ありません。僕達がもっと強ければ……)


(いいの、あたしだって今回は……例の火の夢の力? 何でか出なかったし……)


 そういえばとアセス達が思うのはエルクリッドに秘められた力の事だ。絶大なる力持つ黒き光を纏うカードが今回は現れず、そもそもエルクリッドは自分の意識を保ちながら戦い抜けた。


 良い事、と言えばそれはそれで構わないのだが、圧倒的な力持つ相手を前に何故今回現れなかったのかは疑問が浮かぶ。

 もしあの力が出ていればまた変わったかもしれない。だが、無差別に傷つけるだけの力であることや、制御できていないものである事も間違いなく、エルクリッドは手を見つめながらヒレイに深く寄りかかる。


(あたしは、結局何なんだろ? 火の夢の、昔の王様の器なのかな……)


 断片的にわかっている事実から導ける答えはあまり良いものとは言えない。気が沈みはするが、わからない事も多くいつかは自分の力とも向き合わねばならない事も、それを自由に扱えるようになるのか失うのかもまだわからない。


 悩むエルクリッドをそっとスパーダが抱き寄せて頭を撫でてやり、ダインとセレッタも寄り添うとヒレイが尻尾で全員を囲うように動かす。


(何があっても、俺達はお前と共にいる。もしお前があの力に溺れても、そうでなくても、な)


(ありがとヒレイ。セレッタも、スパーダさんも、ダインも……)


 アセス達の優しさと思いに触れて温かな気持ちでエルクリッドは再び目を開ける。


 悔しいが今は結果を認め受け入れ、さらなる研鑽をして強くなるしかない。その為に、自分に宿る力とも向き合わねばならないと。


(あれ? なんか……?)


 ふとエルクリッドは自分の上に何か乗っている感覚に気づき、ちらりとかけている布団に目を向けると膨らみが目に映る。さらに身体を触られる感触に気づき、その覚えのある手つきに目を細めながら布団をとって妖艶なるその人物を捉えた。


「ようやく起きたかエルクリッド。久しいな」


「あのー? えーと、人の服脱がしてるんですかリリルさん?」


 夜這いするかの如く潜り込んでいたのは水の国の十二星召リリル・エリルであった。クスクス笑いながらエルクリッドと目を合わせると身体を押し付けながら手を伸ばし、両手で頭を掴みながら顔を寄せ左耳に甘噛みをする。


「見舞いじゃ見舞い。だがやはりお前は美しい……」


 とろけるような甘い声で囁かれエルクリッドも流されかけると、ドタドタと廊下を走る音と共にぴしゃりと戸を開けて駆けつけるは屋敷の主たるアヤセであった。眼鏡の奥の目を吊り上げこめかみに血管を浮かせ、それに気づくリリルはクスクス笑いながら口を開く。


「おぉアヤセか、ちと遊んでるでの」


「人の屋敷に勝手に上がり込んだ挙げ句朝っぱらから何やってるんですか! 早く離れてください!」


「相変わらず真面目だのう……」


 ため息混じりにリリルは布団から出ると入れ替わるようにアヤセが部屋に入り、エルクリッドを起こすと脱がされかけていた服を戻し身体に触れ、顔を見て確認し頷き納得してからリリルを鋭く睨む。


「そう睨むではない。何、お主も遊びたいなら二人相手でも妾は構わんぞ? ん?」


「リスナーとしての勝負ならお受け致しますがそれ以外はお断りします!」


「相変わらず硬いやつよのぉ……まぁ良い。エルクリッド、一応用があって来たのでな、早う着替えて来い」


 対照的とも言えるリリルとアヤセのやり取りを苦笑しつつエルクリッドは見守り、廊下へと出て行くリリルを見送りながら体に力を入れて腕を伸ばし、とりあえずは動けるのを確認すると立ち上がり身支度を始めた。


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