糸の先は
砕け散り落ちてくるタテハの破片を見つめながら淡々とイスカはカードに戻し、臨戦態勢を維持するローズとリオの姿に目を細めた。
「お見事」
ありがとうございます、とリオ達は返さず身構える。
(彼はアセスにも糸を操れる者がいると言っていた。それはつまり本来ならアセスと同時に戦う事をしているということ……)
リスナー自身がアセスを手に戦ったり、人形を操るというのは容易ではない。思考しながら刹那の見切りをするというのは難しく、アセスと共に戦うのは役割分担の意味合いもある。
それをしないのは手を抜いてるも同じこと。同時にようやく撃破に持ち込めて引き出させる段階まで来たとリオには手応えがあり、イスカもまた次のカードに手をかけた。
が、すぐに手を離すと背中の機巧の腕も縮こまり、脱ぎ捨てた羽織を拾って肩につけるとイスカは肩の力を抜く。
「このぐらいにしておこうか。あまり熱くなっても夜遅くなるし、わえもこれ以上は加減できないから」
「そうです、ね。お手合わせしていただきありがとうございました」
頭を下げながら礼を述べ、ローズもまた同じように剣を盾に収め一礼しカードへと戻る。
感情を表に出さないように必要以上にカードを明かさないリスナーは少なくはない。イスカはそういうリスナーだと理解しつつも、十二星召相手にはまだ実力不足なのだとリオは感じ右手を見つめ握り締めた。
(まだ、足りませんね)
本来なら負けた所を勝利を譲られても満足はしない。リオが感じるものはエルクリッド達も感じつつも
「タラゼドが一緒にいるってだけはあるな。なんとなく昔の連中と似たもんがあるしな……で、お前さん達のアセスの武器防具の鍛え直しについて話すがいいか?」
戦いを見て何かを感じた様子のヒガネが本題を切り出し、エルクリッド達が頷くとよしと言って快活に続きを語り始めた。
「普通の奴ならちょっと手を加えて鍛え直すだけだから時間はかからねぇ、魔槍オーディンだけはちょいとかかるが……まぁ、全部合わせて一週間もありゃ済むな」
「一週間、で終わるんすか?」
「明日の朝に詳しく状態見てからそこはハッキリするが、今のところの見立てはそんな所だ」
一週間という短期間にはシェダも思わず聞き返してしまうが、ヒガネの言葉や瞳に嘘偽りがない。
武器防具をつけているのはエルクリッドのスパーダ、シェダのディオンとヤサカ、そしてリオのローズ、ラン、リンドウの計六人のアセスだ。
今後の戦いに備える期間としてみれば一週間は無駄ではないと思えたが、しかしその間動けなくなる事も感じ二つ返事をすべきか少し戸惑い、エルクリッド達の視線はノヴァへと向けられすぐに彼女は判断する。
「わかりました、賢者ヒガネ様の手でエルクリッドさん達のアセスを強くしてください」
「任せな嬢ちゃん。きっちり仕上げてやるからよ、ま、今日は遅いから明日だな」
ニッと嬉しそうに微笑むヒガネにノヴァも笑顔で応え、ひとまず身体を休める為に屋内へ、と思った時にヒガネが思い出したようにリオを呼びの止め振り返らせた。
「騎士のねーちゃんよ、お前さんの戦乙女だが……あいつの身につけてるもんは直せねぇってのは先に伝えとくぞ」
「それは何故ですか? あなたなら、それが可能では?」
身体も振り返らせて問うリオの眼差しはやや鋭く声も低く威圧的で、それには足を止めて振り返ったエルクリッド達も萎縮しかけてしまう。
対するヒガネは先程ノヴァに見せた快活さとは異なる静かな目を見せ、その理由を告げる口調もまた冷静なものだった。
「戦乙女の身につけてるもんはさっき見た感じ、普通の剣鎧でもなければ魔槍オーディンみてぇなものじゃねぇな。それ自体が拘束具、あるいは力を制御するものって見立てだ、下手に手を加えると戦乙女そのものが壊れちまう可能性が高い」
エルクリッドやノヴァ、シェダにはその意味はわからないが、ローズが作られた存在と知るリオとタラゼドは心当たりがありヒガネの言葉を受け入れられ、察した様子のヒガネもまた頭をかいてからぱんっと手を叩いて鳴らし空気を戻す。
「まぁとにかく明日だ明日。今日はゆっくり休んでくれ」
「……わかりました。イスカ殿も、改めてありがとうございました」
改めてリオが礼を告げてエルクリッド達と共に工房の方へと歩いて行き、タラゼドは残り見送るヒガネとイスカの二人の所へやって来る。
「良い奴らじゃねぇか、しっかり守ってやんなよタラゼド」
「そのつもりです。ですが……」
苦笑い気味に返すタラゼドの脳裏に浮かぶのは黒き光を纏うエルクリッドの姿。火の夢に繋がる存在の事が、まっすぐな返事を妨げ察したイスカがまだ平気と言って羽織を着直す。
「火の夢との糸の繋がりについてはカラードから聞いてるしヒガネにも話してあるよ。もちろん、アヤセも」
「アヤセ様は、何と?」
夜風が吹き抜ける中で、タラゼドにイスカは躊躇いもなく答えを言い切る。
「エルクリッド・アリスターはアヤセの監視下に置き、直接面談をして場合によっては必要な措置を取る、ってさ」
タラゼドはすぐに口を開けなかった、言葉を返せなかった。心が震えている、動揺、ざわつき、来るべき時が来てしまったのかと胸が痛む。
そんなタラゼドの反応を見つつイスカは彼の隣を通って工房の方へと歩き始め、一度止まってさらに言葉を付け加える。
「前の仕事が終わらないと動けないとも言ってたから、話す時間はあるよ。あとはタラゼド次第、糸を引くかどうか……それに地獄行きとは限らないかもよ、アヤセの低く糸が、さ」
闇に消えながらそう言い残しイスカが消えると、タラゼドも深呼吸をし工房の方へとヒガネと共に去っていく。
イスカの言うように糸の先はまだ見えない。引いて得られるもの、出くわすもの、それが光か闇かもまだ見えない。
故に恐れ、止まってしまう。だがそれでも進まねばならないのだから。
NEXT……
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