第4話:お叱りと、温もりと、一通の手紙

レイナの馬車は、最初に停めた店の前から忽然と姿を消していた。




(ああっ……! やっぱり、置いていかれてしまいました……!)




アンジーは青ざめながら、街中を走り回った。


けれど――




「……あっ!」




見慣れた紋章の入った馬車が、ケーキ屋の前にきちんと止まっていた。


中をのぞくと、カルディア家のご一行は優雅にアフタヌーンティーを楽しんでいる様子。




(置いていかれてはいなかったみたいです…よかった……けど……)




今度は、別の不安がむくむくと湧き上がってくる。




――レイナお嬢様に、どんなふうに怒られるのか。




胃のあたりがキリキリする。でも、不思議と心はすっきりしていた。




(あのとき……助けてくれた、彼のおかげですかね)




あの青年――シュネ。


冷たい空気と魔力の奔流の中で、手を差し伸べてくれたあの人。


また会えたら、お礼を言いたい。


心の中でそう静かに誓い、アンジーは深呼吸してケーキ屋のドアノブに手をかけた。




すると――




「アンジー! こっちだよ!」




ふいに、懐かしい声が聞こえた。




「マチルダさん……! ごめんなさい、私……」




「まったく、肝を冷やしたよ。あんたがいなくなったすぐ後に、魔法律の連中が街中で騒いでてね。戻ってこないし、まさか事件に巻き込まれたんじゃないかって――本気で心配したんだから」


いつものようにちょっと呆れた口調。でも、その目は優しかった。




「魔法律……って、なんですか?」




「え? あんた、そんなことも知らんのかい?」




マチルダは目を丸くしてから、肩をすくめる。




「まあ、田舎育ちなら仕方ないか。王国魔法律省…通称、魔法律ってのは、魔力の使用を取り締まる法と、その執行機関のことさ。 王直属の組織で、貴族様の中の貴族様から選ばれたエリート官庁だよ。魔力持ちにとっては厄介な存在だよ。普通に生活してるぶんには関係ないけどね」




(魔力持ち……)




アンジーはなんとも言えない顔で、小さくうなずいた。




「ちなみに、あんたがいない間、私らも探し回ってたんだよ。……レイナお嬢様の命令でね」




「お嬢様の……?」




「そうさ。知ってるかい?お嬢様は、シュネ様に夢中なのさ。さっき説明した魔法律シュネ様はシュトゥルム家の次期当主と言われていてね、将来が約束されてる。 “街で見かけた”って情報があったから、探せって言われてね。あんたがいない間、こき使われたわよ、ほんとに」




「シュネ……様?」




(えっ……もしかして……あの人?)




名前が同じだけかもしれない。


けれど、胸がざわざわする。




「まさか会ったんじゃ……ないよね?」




「い、いえ! 同じ方とは限りませんし……念のため、黙っておきます」




「うん、それがいい。あんまり深入りしない方が身のためさ。さて……レイナお嬢様の前に戻るよ。裏口から入ろうか、こっそりね」




「……どうせ怒られますよね」




「うん、間違いなく」




マチルダはにやりと笑った。




「でも、顔色は良くなったみたいだね。何があったかは聞かないけど……気をつけなよ」




「……ありがとうございます。マチルダさん」




その言葉が、ほんの少し心を温かくした。


──もちろん、レイナお嬢様には、しこたま怒られた。




「アンジー!どこに行ってたの!私の大切なおやつの時間が…!」




……いつも通りの、全力お叱りタイム。


だが、アンジーがそっと伏せた視線の先に、一通の封筒が置かれていた。


光沢のある白紙に、見慣れない紋章。


それを手にしたレイナの目が、ぱっと輝いた。




「……これって、シュネ様からの……!」




その声は、ほんの少し震えていた。

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