第4話 その少年を、救いたかった
俺は顔を上げる。
「……俺を知ってるのか?」
「はい。モラリス村から来ました。……ネフさんの噂を聞いてました。治癒魔法も使っていないのに治ったって。」
どうやら“あの話”は、兵の間でそこそこ広まってるらしい。大体のやつは信じなかったが、信じる奴もなかにはいたのか。
「そっか。で、そのアレンくんは、どうしてこんな戦場に来ちまったんだ?」
すると、アレンは悲しそうな声で話し始めた。
「母が病気で……父も兄も、もう戦争に取られました。僕しか残ってなかったんです。兵になれば、支度金と送金がもらえる。……それだけが、頼りでした」
「そうか……」
俺は思わず目を逸らした。彼が生きるために戦場を選んだことが痛いほどわかったからだ。
「でも、僕、剣も槍もまともに振れないんです。戦いなんて、見たこともなかったのに」
「俺だってそうさ」
「え?」
「前世は、デスクワークのサラリーマンだった」
「サラ……え?」
「こっちの世界じゃ通じないか」
俺は苦笑しながら、肩をすくめた。
「つまり、戦場なんて場違いの極みってこと。敵の前に立ったら、たぶん俺、ガタガタ震えて泣く自信あるぞ」
「……ふふっ」
アレンが小さく笑った。冗談だと思ったらしい。本気で言ってるのだが。だが、こんな場所で、初めて見る笑顔だった。俺はこの笑顔を守りたいと思えた
**
戦場は、遠くから見ても分かるほど地獄だった。
地平の果てまで埋め尽くすような兵士たち、交差する怒号と剣戟、焼け焦げた血と肉の臭い――そのすべてが、俺の足をすくませた。
「やばい。マジで無理だ。これゲームでもないし、リセットもないし……いやでも死ぬのは嫌だし……ってか、斬ったらリアルに血が出るんだろ……うげぇ」
内心ではずっとそんな調子だった。ひたすら逃げたい、でも逃げ場はない。俺とアレンは、雑兵部隊として前線へ押し出されるしかなかった。
ドシュッ――!
背後で味方の兵が、矢を喉に受けて倒れた。
ギャアアアアア!
右手で握っていた剣が汗で滑りそうになる。目の前で、同じ部隊の兵士が胴を割られて膝をついた。
「あっ、あ……!」
「ネフさん!」
アレンの声で、ハッと我に返る。目の前には、
腹を切られてもう助からないと一目でわかる味方の兵士がいた。
名札にはこう書かれていた――
帝国軍・第二歩兵連隊 指揮係 ロガン・マキール
ロガンは、息も絶え絶えに、俺の手を掴んで言った。
「……一人でも多く、殺せ……」
そして、そのまま目を閉じた。
その瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
――《スキル吸収・成功》――
対象:帝国軍 第二歩兵連隊 指揮係 ロガン・マキール
死因:腹部への斬撃(敵騎兵による)
最後の言葉:「一人でも多く、殺せ……」
吸収スキル:《戦術眼〈タクティカルサイト〉》
「ッ……!」
スキルを吸った瞬間、脳に情報が流れ込んできた。
戦場に立つ敵味方の配置、動き、次の展開――
視界に映る者の特性が透けて見える。
(……これが“戦術眼”か)
それは、まさしくリーダーとして戦場を生き抜いた男の“資質”だった。
そしてまた、触れた瞬間、かすかに聞こえた。魂の奥に。
(また一つ、運命が狂った)
一体なんなんだこの声は……
考えている暇もなかった。戦場は、そんな猶予をくれない。
(こんなに……死ぬんだな)
斃れる味方を見ながら、俺の足はまた止まりそうになった。けれど、そのときだった。
「わっ……!」
アレンの叫び。
見ると、彼は敵の兵に狙われていた。まともに剣を構えられず、腰が抜けて立ち上がれなくなっている。
敵兵はじわじわとアレンに迫っていく。
それなのに、俺の足は動かなかった。
(助けないと…いや俺が人を斬れるわけがない)
(逃げろ。見なかったことにしろ。俺には関係ない――)
でも。
アレンは、俺を信じてくれた。
誰も信じていなかったこの俺を、ただの噂を、信じてくれた。
兵は、もう剣を振りかぶっていた。アレンの恐怖に染まった顔が見える。
彼の足はもう動かない。次の瞬間には、血が飛び散るだろう。
(くそっ……!)
気づけば、俺の身体が動いていた。
息を呑み、震える足を前に出し、手にした剣を――抜いた。
敵はまだ、俺に気づいていない。
「アレン!!」
砂煙が舞う戦場を蹴って、俺は叫んだ。
敵兵が剣を振りかぶる。
アレンは腰が抜けて動けないまま、ただ目を見開いていた。
遠い。間に合わないかもしれない。
視界が震え、耳鳴りが響く。
「やめろ……!!」
その直後、肉を裂く嫌な音がして、誰かが崩れ落ちた。
…そこにいたのは、赤い液体に染まった二つの影。
動かないアレン。
倒れ伏す敵兵。
どちらが切られて倒れたのか。
――そのとき。
(もう“帰る場所”はない)
――《スキル吸収・成功》――
俺はスキルを新たに手に入れた。
確かにどちらかは死んだのだ。
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