第01話 初見 ─顔合わせ─
トーマス・マクレーンが指定された場所に着いたときには、既に4人が揃っていた。
地下の隠れバーのようなその場所は、倉庫のように古びた店舗跡で、物が無造作に散乱していた。
かろうじて確保された机の上のモニターには、まだ何も映っていなかった。新しく結成されたフィールドチームとバックサポートの面々が、顔を合わせるのはこれが初めてだった。
「遅いぞ! 待ちくたびれたじゃない、トミー」
鍛え抜かれた引き締まった体つきの女性がトーマスに向かって文句を言ってきた。それだけでトーマスは萎縮するのだった。
彼にとっての配属はこれが初めてで、訓練所で機械を相手しているときとは、当然ながら勝手が違う。まず機械は文句を言わないので面食らってしまっていた。
見た目と、事前に渡された資料からすると、彼女は「戦闘」担当のノヴァ・ライカーのようだ。嫌味はなく、どこか面白がっているようだった。
トーマスは慌てて答えた。
「えっ、いや……あ、すみません。俺、トーマス・マクレーンです。一応、工具は扱えます……でも……トミーって……」
戸惑う様子を見てノヴァはにやりと笑った。
「硬いな〜。お前、1番年下だし。トミーでいーよな、トミー」
すっかりペースに飲まれているトーマスに、軽く笑いを浮かべたジェスパー・キャロウがコーヒーを片手に近づいて来た。
「気にするな。ああ言う奴だ。俺はジェスパー」
そう言ってコーヒーの入ったカップを手渡した。
資料によれば、ジェスパーは『分析』担当だったはずだと思い出していると、
「うっせえぞ、ジャス。な? トミー」
とノヴァが歯を見せて笑いかけてきた。思わずトーマスも笑い返す。
挑発的に見える口調。でも視線はまっすぐで、こちらの反応を測ってるようにも見えた。トーマスは戸惑いつつも返事をした。
「……はい。まあ、どっちでもいいですけど」
ふふん。と鼻で笑うノヴァの隣で、ジーク・マーサーはモニターをいじりながら言った。
「ノヴァは初対面のやつに片っ端から愛称つけてくるからな。俺は今日会ったばかりで“ジーク”って呼ばれたぜ」
同じバッグサポートを受け持つ「IT」担当の名前がジークだった。彼は手慣れた様子でPCのセットアップをしていた。
LANケーブルが壁のコンセントに刺さっているところを見ると、無線LANはなさそうだった。それを裏付けるように、女性の声がした。
「無線ないよ。どのみち地下で電波届かないし」
声の主の方を向き直ると、肩ほどの髪をポニーテールに結んだ女性が、ソファに身を投げ出したまま、しきりにスマホをタップしつつ話しかけてきた。
「私の名は“テス”で落ち着いたけどね」
そう言って彼女は顔を上げた。
バックサポートチームのもう1人、「通信」担当のテス・ヘイズだった。じっと手元を見ているトーマスに彼女はくすりと笑い、肩をすぼめた。その時だった。
「そこに立たれると入れないんだが」
不意に背後で声がした。
ドキリとなり反射的に飛びのきながら振り返ると、声の主は、冷静な眼差しで自分よりも低いトーマスを見下ろしていた。
「す、すみません……」
そう言って部屋に入ると、男もそれに続いて入ってきた。だがその存在は一瞬で室内の空気を引き締める。
この男が「リーダー」エイドリアン・アシュフォードだとトーマスが気づくのと同時に、ノヴァが言った。
「『機械屋』の坊やは到着してるよ、アド」
腰に手をやり首を傾げた彼女は、普段通りの調子でそう言った。
「そうらしいな」
エイドリアンはそう言って部屋の中央まで進んで言った。
「全員そろったな。私がエイドリアン・アッシュフォードだ。今回のチームリーダーを務めることになった」
落ち着いた声が部屋に響くと、皆は自然と背筋を伸ばした。アドはゆっくりと一人ひとりを見渡しながら言葉を続けた。
「このプロジェクトに選ばれたのは、それぞれの分野で特異な能力を持つ者ばかりだ。初対面かもしれないが、互いの得意分野を尊重し、信頼を築くことが最優先だ」
トーマスは緊張したまま頷いた。
──彼にとって、これが初めての現地任務だった。
◇
揃ったメンバーは6人だった。
フィールドで活動するのは3人だ。
「リーダー」指揮をとるアド(エイドリアン)。
「戦闘」潜入担当のノヴァ(ノヴァ)。
「分析」情報分析のジャス(ジェスパー)。
それを支えるのがバックサポートの3人。
「IT」監視担当のジーク(ジーク)。
「通信」連絡担当のテス(テス)。
そして「機械」担当のトミー(トーマス)だった。
アドが一通りの名前と担当を説明し終えると、ノヴァがいきなり声を上げた。
「ちょっと待ってよ。トミー、あんた『卒パス』なの?」
その声に皆が一斉にトーマスを見た。
意味がわからず戸惑うトーマスにジャスが説明した。
「卒パスは卒業パスポート。つまり、訓練所卒が初めて現地で初仕事をすることで、経験値0の奴が使い物になるかどうかを試すテスト。──まあデビュー戦ってやつさ。」
するとテスも、
「あんたのドジ次第では、うちら全員ヤバくなるって意味。わかる?」
巻き込まれるのは御免だからね──と言わんばかりの無言の圧力に、トーマスは思わず肩をすくめた。
それを諭すようにアドが付け加えた。
「言ったはずだ。『互いの得意分野を尊重し、信頼を築くことが最優先だ』とな」
皆はそれ以上は言わなかったが、ノヴァはあからさまにトーマスを睨みつけていた。
軽い自己紹介も終わり、それぞれが持ってきた荷物の整理などを始めた。
トーマスもまた、自分のロッカーに荷物を片付けていると、ジャスがその肩をぽんと叩いた。
「気にすんなよ。みんなだって卒パスは通ったんだし、お前だけじゃないから」
そう言われ、少し安心したトーマスは笑いをうかべた。
「ノヴァはさぁ、卒パスで仲間を失ってるんだよね」
ジャスが続けた。
「チームの奴がノヴァを逃がそうとして、そいつ死んじまってさ……あいつ、悪気はないから」
それだけを告げるとまたぽんと肩を叩いて行ってしまった。その後ろ姿を、トーマスは小さく息をつきながら見送った。
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