本性を現した魔女
筆者の中では「実現するかもわからないお見合いの場を設けることに同意しただけの赤の他人」、彼女にとっては「将来を誓い合った婚約者」となった翌日から、筆者の携帯電話は彼女の居住国の就寝時間を除き常にバイブレーダーが鳴りやまない事態となった。勤務先では工程内への携帯電話の持ち込みは禁止されていたから、仕事中のみが唯一彼女の束縛から解放される時間帯であり、それ以外は常に携帯電話を手にチャットや通話をしていなければならないという事態に追い込まれた。忙しいので後で返事をしようとすれば、彼女は直ちに激高し始めるため、なだめるために即座に返信することを余儀なくされた。
この頃から、彼女より意味のよく分からない呪文のようなメッセージが送られたり、目的もわからぬ中筆者の過去の経験を根掘り葉掘り聞かれたり、日常生活の端々で彼女には無関係な筆者の私生活の中で、理由のよくわからない命令をされることが増えていった。
彼女は、筆者が彼女に喋っていない、筆者の母の友人に関する話や、小学生時代の同級生の名前をなぜか知っていた。が、当然のことながら彼女は詳しいことは知らず、断片的な情報しか知らないので、そういった人物に関する情報を根掘り葉掘り聞いてくるようになった。が、母の友人の話で私の知っている話など、彼女がすでに(経緯は不明であるが)知っていた情報以上に知っている筈もないし、下手に個人情報を話せば家族との関係も悪化しかねないから、彼女を満足させる情報な一切提供できなかった。
さらに、彼女の連絡の頻度が日増しに増える中で前述のイスラエルケーキ厨によるくだらない連絡が再発し始めた。もはや英語も使えない人間からベンガル語で大量のチャットを送られ、ビデオ通話をされるというレベルであった。英語ができない人間とはコミュニケーション不能である旨を伝えブロックすると、友人を自称する別のアカウントから「お前はベンガル人なのになぜベンガル語が理解できないのか。ベンガル人ならベンガル語を話せなければならない」と文句の電話が来る。「私はベンガル人ではない。日本人だ」と答えると、「なぜお前はベンガル人ではないのか。お前がベンガル人に生まれられなかった経緯を分かるように説明しろ」などと答えようのない質問をされる始末であった。
大量の質問に答えあぐねている筆者に、彼女は「自分には予知夢の超能力があり、夢に見た出来事から必ずや過去に起きていた事実を知ったり、未来に起きる出来事を予見できる能力がある」と言い出した。実際に彼女は自分の家族の死期や、エジプトで2017年に発生した鉄道事故を言い当てたとのこと。さらには他人の心情をテレパシーの如く受信して本心を言い当てられる能力まで持っているという。最初は個人情報を聞き出すための嘘かと思ったが、そうではなかった。彼女は、筆者が彼女には喋っていない、筆者の過去の経験の数々を次々と言い当て始めた。前述の筆者の母の友人の話もそうだが、彼女は気味が悪いほどに筆者や筆者の血縁者の過去を知りすぎていた。
そんな能力を持ちながら、なぜ忙しいから連絡を控えるように再三言っているにも関わらずそれを聞く気はないのかだけは一向に謎であったが、彼女曰く、「本当のあなた(筆者)は孤独に耐えかねて泣き叫んでいる。なぜなら、私がそう夢に見たからだ。ヒキコモリであるあなたはシャイな性格をしているし、それが私があなたに恋をした理由でもある。だから、恥ずかしがってそっけないふりをしているのだろうが、もっと私と話がしたいと本当は思っている。私は人の気持ちを超能力で理解できる人間なので嘘は通用しない。自分の気持ちに素直になれ。恥ずかしがって会話を避けようとするな」とのことであった(再度断っておくが、筆者は暇を持て余したヒキコモリではなく、自由時間のほとんどない派遣の社畜であった)。何度否定しても「アッラーがあなたの本心をあなた自身にも自覚できないように覆い隠された」などと言われるものだから、もはや反論する術はなかった。
彼女は、彼女の将来の家族像も夢に見るようになり、将来彼女は年長の娘が一人と、双子の男児を出産する運命であるらしい。夢に見たそうだ。結婚生活に期待を寄せての世迷言かと思って聞いていたが、彼女の過去の経験からこれは確実に起こる未来を予知しているので、将来はこの家族構成以外はないらしい。しかし、なぜか父親であるはずの筆者の姿がその夢に出ておらず、もしかしたらこの子たちの父親は筆者ではないのではないか、などと非常に不安がっていた。が、今になって思えば筆者が父親としてその場にいないのは、筆者にとっては大変な安心材料であることは言うまでもない。筆者は自分の将来の家族構成像など知りたくもない。わからないことが面白い、という「楽しみ」が消え失せるから、こんな話を聞かされるのは苦痛以外の何でもなかった。「この結果こういう子が生まれる」とわかっていれば、もはや他の選択肢、他の未来がないことを悟って一種の虚無感を覚え、勃起さえ困難になる自信がある。
さらに、ただでさえ真っ黒の筆者の経歴にさらなる泥を塗りかねない言動が現れた。彼女は筆者に、指定暴力団と交際するように要求し始めた。理由はただ一つ。「Yakuza is good.」である。何をバカなことを言っているのかと嗜めると、わけを話してくれた。日本への留学中に父親が暴力団員である人物と友人になり、実際に自宅兼事務所へ招かれたこともあるという。無論、家族が暴力団員であるからと言ってその友人が暴力団員であるとは限らないのだが、彼女の常識では子は親の家業を継ぐものという前提があり、親がヤクザだから友人もまたヤクザである、友人は本当に気が利く良い人間で、ギャングのような存在ではない。故にヤクザがギャングの一種というのは彼らを貶めるためのイスラエルの陰謀であり、そのような陰謀を信じるのは悪魔の国家であるイスラエルを利し、神に背く行為だと説教し始めた。
暴対法の存在や、関われば銀行口座も作れなくなる旨も説明した。何度も、口が酸っぱくなるほど説明した。しかし、彼女はその時は理解するのだが、翌日にはコロッと忘れて「Yakuza is good. Have a Yakuza friend」と世迷言を言い始め、執拗に暴力団員との交際を要求し続けた。
彼女は、「ヤクザ」と「サムライ」の区別がついていないタイプの人間だった。現在海外生活をしているのでよくわかるが、「クールジャパン」に憧れる日本オタクには時折「ヤクザ」「サムライ」「ニンジャ」の3種類の区別ができず、同じ存在を指し示す方言差だと思い込んでいる外国人は決して少なくない。ある人物曰く、「ヤクザ」は「キャベ弁」、「サムライ」は「エド弁」、「ニンジャ」は「イガ弁」らしい。ほとんどの人間は詳しく説明すれば理解するし、勉強になったと感謝もしれくれるのだが、中には「ヤクザがニンジャであり、サムライであることを私に教えてくれた人間は、お前よりもはるかにクルアーンとハディースに対する造詣があり、クルアーンの全ての章句を一切の誤謬なく暗唱できる。クルアーンはこの世の理の全てを誤りなく記しているので、クルアーンを知る者は即ち真実を知る者である。故に彼はお前のような人間よりは遥かに信用できる人物なので、お前の話は信じない。ヤクザはサムライだ」などと言って耳目を背ける輩にごくまれに遭遇する。彼女はまさにそのタイプの人間であったのだろう。そして「ヤクザ」は「サムライ」であり、「サムライ」の生き方である「ブシドー」はクルアーンの教えが理想とする生き方であるのだから、イスラム教徒であればヤクザに憧れるのは至極当然で、ヤクザを恐れ拒絶するのはアッラーに背く大罪だとまで宣った。
結局「暴力団員と関係を持てば、ビザを取り消され強制送還される」と告げたところ、少なくとも筆者に暴力団員との交際は求めなくなった。が、当の友人やその家族との関係を切る気はないようであった。
筆者は当時からアマチュア小説家を目指しており、GTOとは別の「真の処女作」である作品を執筆中であった(なお、この小説もいずれカクヨムで公開したいと考えているが、この当時彼女の攻撃により執筆したいのに時間が取れないという事態に陥り、現在も書きかけの原稿を見るだけでトラウマが蘇るため、今はとても執筆に関われるような状態ではないことをご容赦願いたい)が、配偶者が暴力団と関わりがあるなどと世間に知られればどのようなキャンセルを受けるかわからず、書籍化など夢のまた夢、下手すればアカウントを停止されかねない事態であることは理解していたから、大変なことになってしまったと迂闊に思わせぶりな返事をしてしまったことを後悔せざるを得なかった。筆者は連日の不眠で仕事中に工程内を歩きながら寝て倒れるなどの身体症状が生じ、精神的にも肉体的にも限界に達した。そもそも婚約の前提として提示した二つ目の条件が全く守られていない。
幸い、「交際」は一週間ももたなかった。どうやって関係を終わらせるか、考える時間も与えられないほどに追い詰められる中で必死に考えていた最中に、初めて彼女から自分の顔写真が送られてくる機会があった。
昔から幾度となく人間関係での修羅場を経験している筆者は、その実体験から相手の目を見た瞬間に「警戒しなければならないヤバい人間」を本能的に察知できる(これは超能力ではなく、一種のトラウマ症状による過覚醒である)。どのような目・・・とははっきり説明できないのだが、精神薄弱者のそれに似た、が、少し違う特有の光り方をしているように筆者には見える。とはいえ、大学のゼミや勤務先の人物となると縁を切る方法はないのでわかったところで身を護るすべはなく、結局は「やっぱりヤバい結果になった」と思い知る結果になるしかないのだが、縁を切れる相手となれば話は別である。
彼女の目を見た瞬間に、全身が凍り付くような恐怖を覚えた。絶対に関わってはいけない人間だと本能的に察知できたし、その中でもかなり強い危険信号を放っていた。印象を一言で表すなら「魔女」である。それもキキやイレイナみたいなかわいい奴じゃない。マジモンである。
ここにきて、筆者はようやく以前の常識的な彼女の言動は全て演技であり、今大量のスパムを送り付けて筆者の健康を害し、暴力団員との交際を強要しようとしているこの言動こそが彼女の本性なのだと悟った。目は口ほどにモノを言う、という言葉があるが、主に撮り鉄界隈で地獄を見てきた筆者にとってはまさに、「目は口以上にモノを言う」のである。ベタな上に失礼な方法ではあるが、「顔が好みのタイプではない」ことを装って交際終了を決行することにした(目も顔の一部であるので、かろうじて嘘ではない)。
が、こちらから交際終了を宣告するより前に、彼女は私が写真ファイルに既読を残したその瞬間に、私が交際終了を決意したことをお得意の超能力でぴしゃりと言い当てた。そして、「あなたを受け入れてくれる女の子はこの世界に私しかいないのに、なぜ自らその幸せを捨てるのか」などと激高し、スパムの連投爆撃が始まった。一晩中電話が鳴り続け、筆者は風呂の中で居眠りをして溺れかけた。冗談抜きで命の危険があったが、何とか別れられた・・・筈であった。
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