鬼退治編・破壊
「小賢しいわ!」
役禍角は唸るようにそう言うと、猛然と琴音に突進してきた。その速度は、先ほどまでとは比べ物にならない。怒りに任せて、残りの力を振り絞っているかのようだ。
陽介はFUMのディスプレイに表示される役禍角のデータを凝視していた。身体内側の想子力場は一時的に上がっているが、同時に肉体内部の脈動も急速に上昇している、骨折や打撲箇所を無理に動かして、更に強く琴音に反撃している。
(……よく痛くねえな。)
琴音は「沢地萃」による情報共有で弱点を突いているものの、役禍角の猛攻をしのぎきるには、さらなる身体能力の向上が必要だった。
「くそっ……! まだこんな……!」
陽介は唇を噛み締めた。このままではジリ貧だ。彼の脳裏で、過去の膨大なデータと、琴音を「助けたい」という感情が交錯する。
「FUM、卦術『
陽介の叫びと同時に、FUMから放射される想子力場が、目に見えるほどの光の奔流となって琴音の全身に注ぎ込まれた。数百年妖怪に捕われ化石化した者すら復活させることのできる生命力のバフを強引に対象に与える卦である。
それは「沢地萃」のただの「最適化」とは次元が違う、肉体の限界を一歩超えるような、爆発的な強化だった。琴音の全身の筋肉が軋み、細胞一つ一つが活性化するような、熱い衝動に襲われる。
役禍角の巨大な拳が、猛スピードで琴音の顔面に迫る。しかし、認知ブーストを受けた琴音の目は、その拳の軌道をまるで停止したかのように鮮明に捉えていた。彼女の思考が、普段の何倍もの速度で回転する。身体が、意志とは別に、最適な回避行動を取っていた。
琴音は、紙一重で拳をかわすと、そのまま役禍角の腕を伝い、その巨体によじ登るように跳躍した。役禍角の常識では、こんなトリッキーな動きは想定外だ。
「なっ……!?」
役禍角が驚きに声を上げる。琴音は彼の肩から背中へと駆け上がり、そのまま頭部、鬼と戯れるように拳を交わしていた顎元へと狙いを定めた。FUMが、そこに大きなダメージが残っていることを示唆している。
「くらえ!」
琴音は全身の力を集中させ、鉄板入りの安全靴で、役禍角の顎を渾身の力で蹴り上げた。
ドゴォン!
役禍角は、初めて膝をついた。口元からは黒い血が滲み、その巨体は僅かに震えている。
「……ッ、なぜ見透かされる……!」
屈辱と激しい怒りが浮かんだ。隠蔽していたダメージを突かれ、手玉に取られた侮辱。役禍角は、唸るような声を上げると、両手で錫杖を握りしめ、地面を大きく踏みしめ立ち上がる。
ホームのコンクリートが、その足裏でミシリと音を立てる。彼の身体から、これまで以上の、禍々しい想子力場が立ち上った。
「来い……! お前のようなガキに、わしが敗れることなどありえん!」
最早、防御すら顧みない、純粋な破壊衝動に満ちた攻撃。なにもかもを捨てて、ただ正面から琴音を叩き潰そうとする。その猛攻は、FUMの最大最適化をもってしても受けきれない。
ドゴオォォォン!!
役禍角の錫杖が、ホームの床を砕き、アスファルトを抉る。琴音は紙一重でかわすものの、その風圧だけで体が吹き飛ばされる。何発か防いだ拳も、皮膚と筋肉を深く抉り、骨にまで響く。限界を超えた肉体の悲鳴が、琴音の意識を霞ませていく。
(……ダメ……このままじゃ……!)
琴音は、再び圧倒的な力の差に絶望しかけた。FUMから送られる情報が、役禍角の想子力場が一時的に天井知らずに上昇していることを告げている。これは、彼の脳筋による、理不尽なまでの「根性ブースト」だ。
陽介はFUMのディスプレイを睨みつけていた。役禍角の数値は危険領域を突破し、何故動けているのかもわからない。おそらく自滅を待てば終わる、しかし。
その時、戦域が陽介の近くに移動する。役禍角の視線が、陽介が操作しているFUMへと向けられた。やばい。
「なんだ、そのカラクリは……その顔。なんぞあるのか、なんでもええわい!」
野生のカンで、役禍角は、その巨大な錫杖を陽介めがけて振りかざした。
「陽介!」
琴音が叫ぶも、陽介は反応が遅れる。
ガシャァン!
凄まじい音が響き渡り、陽介の抱えるFUM本体は、錫杖の一撃で粉砕され吹き飛ばされた。
絶望の瞬間。
砕け散る破片が飛び散る。
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