卦術演算系(Diretor’s Cut)

改造スマホに映る影

「うわ。マジかよ……」

　九条陽介、高校2年生。彼は自作アプリの動作確認のため、スマートフォンの画面に釘付けになっていた。黒縁メガネを外し、レンズをセーム皮で拭き、再確認する。

　一ヶ月前、陽介は海外の怪しいフォーラムで奇妙な書き込みを見つけた。

　Google翻訳を介したその内容は

「特定のメーカーのある年式のCCDセンサーが通常では不必要なほど広帯域の光・電磁波を受容する。それを用いたスマホカメラに装着されている、可視光線限定フィルムを削り取ってしまえば、通常は見えないものが映るようになる」

　というものだった。残念ながらコストダウンのため、その仕様は一年ほどで改訂された。

　CCDは一昔前の撮像素子だが、構造上CMOSよりも広帯域の光に反応する利点を持つ。

　光は電磁波であり、人間の網膜が捉えることができるのは、そのうち四百五から七九十テラヘルツという狭い範囲の電波のみである。

　人が視ることができるのは、世界のほんの一部でしかないのだ。

　時代の狭間に現れた、特異な性能を有するデバイス。この情報は、陽介のギークな好奇心を猛烈に刺激した。同時に思春期の不純な動機が、猛烈に疼いた。

（……もしもだよ、服の素材とかが透けて見えたりしたら、マジでヤバくない？）

　ハードウェアの挙動よりも、くだらないが重要なスケベ心が疼いたのは事実だ。

　陽介は、そのCCDが使用されている機種を特定し、市内のリサイクルショップをくまなく探し、ネットオークションも確認した。

　しかし製造中止から数年経過したマイナー機ゆえ、見つけることはできなかった。

　メルカリで1台、検索に引っかかったが、半年前のSOLDOUTだった。

　最終的に、秋葉原のラジオデパート地下にある「最終処分場」と名付けられたショップのジャンク箱の中から、目的のスマートフォンが2台、奇跡的に見つかった。1台は画面全体にヒビが入り、もう1台はバッテリーの膨張により筐体が変形している。しかし合計で2000円以内という価格。

　陽介は、これらの2台から使える部品を組み合わせ、「ニコイチ」として機能する1台のスマートフォンを組み上げた。

　陽介は、分解作業中に両方のカメラが正常であることを確認した。そのうち1つのカメラから、可視光線のみを透過するフィルターを除去する。続いて、スマートフォンのソフトウェア開発キット（SDK）を使い、最大秒間コマ数で映像撮影しながら、映像変化のあるフレームのみを記録するアプリを開発し、デバッグモードでインストールした。これは、古い容量の少ない機種でも長い映像を記録できるようにするための工夫だった。

　陽介は、自作アプリを起動したスマートフォンを胸ポケットに入れ、繁華街へと出た。録画中であることを示すランプは非表示に設定されている。

　背徳感にドキドキしつつ、薄着の美しい女性たちを追い、しばらく撮影した後、カフェに入り、録画された映像を確認した。

　モニターに映し出されたのは、期待していたものとは似ても似つかないものだった。色彩は滲み、ほとんどモノクロにしか見えない映像の中で、人物は白く浮き上がるように映っていたが、透過は見られなかった。しかし、そこには言いようのない異界感が漂っていた。

　陽介が確認していた映像には、異常な現象が映り込んでいた。特に目立つのは、ビル外壁や路面を捉えたシーンだ。風がわずかに街路樹を揺らした直後、まるで熱せられたアスファルトから立ち上る陽炎のように、液状に蠢く黒い塊が現れては消えた。数フレームしか捉えられていないが、それは確かに形を伴っていた。陽介は映像を何度も拡大して確認する。それは単なる光のノイズでも、壁の染みやレンズの汚れでもなく、はっきりと輪郭を持った「影」がフレームに写り込んでいた。それはまるで生命体のように蠢き、中には人の形を思わせるものも存在した。

　陽介はカフェを出て、影が撮影された植え込みに確認に向かった。ライブモードでCCDが受像する電磁波の映像を確認しながら近づくが、そこには何も映らない。

　ふと、陽介はビルとビルの間の空間にCCDを向けた。自作アプリの画面には、遥か上空を飛翔する何者かの電磁波があった。肉眼では何も確認できない。しかし、目を凝らして見つめていると、それが一瞬見え、すぐに雲間に姿を消した。

　陽介には、それがまるで『龍』のように見えた。

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可視光線限定フィルム（リアルでは赤外線のみが多い）

https://safie.jp/article/post_14172

秋葉原最終処分場

https://junk.co.jp