第13話 恋人みたいな日曜日、秘密みたいな逃避行

 週末の午後。

 学園から少し離れた街のショッピングモールは、人の波とざわめきに包まれていた。


「うわあ……すごい人混み……」


 日傘を片手に、静流が小さくため息をこぼす。

 そんな彼女に手を引かれながら歩く“少女”――それが私、悠花だ。


(な、なななな……なんで、こんな完全デートコースになってるのぉぉ!?)


 数日前、静流の何気ない一言がすべての始まりだった。


『今週末、お紅茶でもいかが? 可愛らしいスイーツのお店を見つけまして』


 断る理由を探す間もなく、流れるように承諾してしまった私。

 そして今――ヒール高めの靴に、ふわふわのブラウスという、完全に“お出かけ仕様”で人混みを歩く羽目に。


(足は痛いし、スカートは落ち着かないし……視線まで痛い!)


「……こうして手をつないでいると――まるで恋人みたいですわね」

「っ~~~~~!?!?」


 不意打ちの爆弾発言に、心臓がドラムソロ状態。


「こ、恋人って……っ!!」

「ふふっ、冗談ですわよ? ……半分くらいは」


 微笑む静流の指が、さらにしっかり絡む。


(やばい……この人、完全に“本気モード”だ……!)


 その時だった。



「ねぇ、あんた……男でしょ?」

「……っ!?」


 声をかけてきたのは、派手な服装の女子高生グループ。


「声が低いし、歩き方も変」


(完 全 に 目 を つ け ら れ た……!?)


「失礼ですわね。悠花さんが男だなんて――」


 静流がかばおうとした瞬間、


「じゃあ証拠見せてよ。“女の子なら”トイレ行けるよね?」


 空気が一気に張り詰めた。

 通行人の視線がざわつき、逃げ場が消える。


(……詰んだ)


 その時。


「きゃああっ!? 人が倒れてますっ!!」


 別の方向から上がった声に、人々の視線がそちらへ向く。


「今ですわ。行きましょう」


 静流が迷いなく私の手を引いた。


「えっ……でも……!」

「大丈夫。あなたは――わたくしが守りますから」


 その声は、凛としていて、それでいて優しい。


(……かっこよすぎて……惚れるかと思った)


 人混みを抜け、遠く離れた路地で足を止める。

 まだ息は速く、心臓も落ち着かない。

 けれど胸の奥は、不思議と温かかった。


 ――この外出は、一生忘れられないものになると思った。




 …

 …

 …

(Side Story:神代 天音)


 ――日曜の夕方。

 商店街のカフェ前で、私は足を止めた。


 そこにいたのは、悠花と静流さん。

 手をつないで、笑い合って……まるで、本物の恋人みたいで。


(……先、越された)


 胸の奥が、じくじくと熱くなる。

 自分でも驚くくらい、視線をそらせなかった。


 あんたは、何も知らない顔で笑ってる。

 その隣で、静流さんは当然のようにその手を握ってる。


(……悔しい)


 私は、あんたの素顔も、弱いところも本当は気づいてる。

 必死に笑ってごまかす癖も、夜中に少しだけ眠れなくなることも。


 ――だから、あなたを守れるのは私だけだと思ってたのに。


「……もう、迷ってなんかいられない」


 人混みに消えていく二人の背中を、私は睨みつける。


 次は絶対、私がその隣に立つ。

 誰にも、譲らない。


 そう心に決めた、その翌日――

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