第4話 宝石のようなあなたに、恋をした

 天音との出会いで迎えた二日目。

 午前中の授業をなんとか乗り切った私は、昼休みになるといなや教室を抜け出した。


 クラスの喧騒を背に、ひっそりと中庭へ足を運ぶ。

 人影のない石造りのベンチに腰を下ろし、そっと膝の上にお弁当を広げた。


(……ふぅ……やっと、一人になれた……)


 ここなら、少しだけ気を抜ける。


 声の高さも、背筋の角度も、座り方さえも――教室では常に「女の子らしさ」を意識し続けなければならない。視線、所作、姿勢、仕草……まるで四六時中、舞台の上に立たされているみたいだ。


(予想以上にハードすぎる……この生活……)


「――おひとりですの?」

「ふぇっ!?!?」


 背後からふわりと漂ってきたのは、紅茶の香りに似た甘やかな気配。

 まるで風に運ばれるように届いた、やわらかな声色。


 振り返ると――

 陽光を受けた銀糸のような髪がきらめいていた。

 整いすぎた顔立ちは、まるでガラスケースの中の人形。微笑みひとつすら、絵画のように美しい。


「き、昨日の……お嬢様……!」

「ふふっ。覚えていてくださって嬉しいですわ。改めまして――鳳院 静流(おういん しずる)と申します」

「こちらこそ、改めまして、わたしは……天城 悠花、です……!」

「悠花さん。とても素敵なお名前ですね。まるで――初恋のように、甘くてやさしい響き」


 ふわっとした微笑みが、想像以上に近い。

 頬をかすめる風まで、彼女の香りを運んでくる。


(ち、ちょ……近い……っ! 顔、綺麗すぎて……息が……)


「実は、お話してみたいと思っておりましたの。

 あなた、他の人とは何かが違うように見えましたから」

「な、何が違うの……!?」

「ええ。あなたからは――花のように清らかで、少年のような芯の強さを感じます」


(……あ、“少年”って……今、言った!? まさか……)


「――ふふ。わたくし、そういう雰囲気、とても好きなのです」

「えっ……そ、そうなんですか……?(た、助かった……!?)」

「はい。たとえば……“女の子のふりをしている男の子”――なんて、素敵だと思いませんこと?」


 ご、ご、ご冗談はやめてくださいぃぃぃぃぃっ!?!?

 頭の中で警報が鳴り響く。けれど、顔には必死で笑顔を貼り付ける。


「そ、そうですか!? 私は考えたことがない感覚です!

 お、……お嬢様は、独特な感性をお持ちなんですね……」


 笑顔は最強のバリア――そう信じて、何とか乗り切る。

 バレたら即退学。ここだけは踏み外せない。


 ……けれど静流は、そんな私の慌てる様子をじっと見つめ――


「ふふ……あなた、とても可愛らしいわ。まるで、ぴかぴかと光る小さな宝石みたい」


 柔らかな輝きを帯びた青灰色の瞳に、ほんのり熱が宿っていた。


(やばい……、初対面の時といい男だとばれてるかも――!)


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る