第2話 ルームメイトは、夜のバラ

 案内係の先輩に連れられ、私は寮の自室へ向かう。


「……うわっ……ひ、広っ……!」


 扉を開けた瞬間、思わず声が漏れた。


 白を基調としたクラシカルな内装。壁には繊細な模様が彫り込まれ、カーテンは薄絹のように柔らかく揺れている。大きな窓から午後の陽光がふんわり差し込み、その光に照らされたふかふかのベッドが二台――まるで舞踏会を終えた王女が眠るかのように整えられていた。


「……ここが、今日から“わたし”の部屋……ってことは、やっぱり二人部屋なんだな……」


 喉が乾き、ごくりと唾を飲む。そっと扉を閉めた、そのとき――


「おかえりなさい、かわい子ちゃん♡」

「えっ……!?」


 背後から甘い声が降ってきた瞬間、心臓が跳ねた。

 慌てて振り向くと、二つあるベッドの片方に誰かが横たわっている。


 ――濃い赤ワインのように艶めく髪。

 長い髪を指先でゆるやかにかき上げ、しなやかに上体を起こす。

 切れ長の瞳がふっと細まり、唇に浮かぶ微笑は、まさに“夜に咲くバラ”のように妖艶だった。


「わたくしはルームメイトの、九条 玲奈(くじょう れいな)。三年生よ。よろしくねぇ?」

「よ、よよ、よろしくお願いしますっ……!」


 挨拶をする間もなく、ぐいっと肩を抱き寄せられる。

 柔らかな感触と花のように甘い香りが一気に押し寄せた……近い、近すぎるってば! 


 美人……いや、美女すぎて頭が真っ白になる。


「へぇ……本当に新入生? こんなに可愛い子、なかなか見ないわよ?」

「か、かわいいって……そ、そんな……っ!」


 耳まで熱くなり、視線は泳ぐばかり。

 ――こんな至近距離で“女の子扱い”なんてされたら、別の意味で心臓がもたない……!


 しかも、この人……間違いなく“経験豊富”なタイプだ。

 距離感ゼロ、目の奥に潜む鋭さ――まるで狩る側の目だ。


「ふふ……そんなにビクビクしちゃって。……なるほどねぇ」

「……な、なんですか?」


 艶やかな瞳でじっと見つめられる。

 まるで心の奥底――“隠している何か”まで覗き込むかのような視線。


「あなた、なんだか“特別な香り”がするのよねぇ」


 ひぃぃっ……!

 今朝の銀髪のお嬢様に続いて、この人も勘が良すぎる……!


「き、気のせいですよ! わたし、緊張すると変な香り出ちゃう体質で〜!」


 言った瞬間、後悔が押し寄せる。

 ――言い訳が雑すぎる……でもバレたら即退学なんだから、こちらは必死だ。


「ふふっ……冗談よ?」


 玲奈は楽しげに笑い、すっと指先を伸ばす。

 その白い指が、やわらかく顎に触れて――


「でもね、あなた……面白いわ。気に入っちゃった♡」


 囁くように甘く、熱を帯びた声。

 それはひとつも、冗談には聞こえなかった。


「今夜は、楽しくなりそうね。ねえ、悠花ちゃん?」


 名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ね上がる。

 その夜、ベッドの中で、俺――私はひたすら布団を握りしめていた。


「……この部屋、危険すぎるっ!!」


 ――まだ、入学初日だというのに……前途多難な一日だった。


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