#8
入部初日。テーブルを挟んだ向こう、薄田先生は笑みを浮かべて俺に告げた。
──ようこそ、榎木蒼也くん。歓迎するよ。心霊研究会の一員として、その力を存分に発揮してほしい。彼らと共に。
三日月のように細められた両目が、丸眼鏡のレンズ越しに俺をじっと見つめる。その後、各部員が持つ能力についての説明を受けた。
*
北校舎はグラウンドや体育館から離れた場所に位置している。その為、運動部の掛け声は滅多に聞こえない。代わりに、北校舎2階の音楽室の前を通ると、合唱部の歌声がかすかに聴こえてきた。コンクールの課題曲だろうか。
「万堂先輩が触覚で、部長は嗅覚。千葉先輩は聴覚、檀野先輩は味覚ですね。それぞれ感じ方が違います」
ピアノの音色を背に、俺は説明を続ける。どこかで聴いた事のある歌詞だ。有名な合唱曲だと気付いた頃には、歌声は遠ざかり、すっかり聴こえなくなっていた。
「そうなんですか……」
廊下を進みながら、黒崎先輩は驚いた様子で口元に手をやる。身近に不思議な力を持った人間が5人もいればそんな反応になるだろう。現に、俺も先生からこの話を聞いた時、とても驚いた覚えがある。
「知らなかったです。あ、いえ、全く知らなかったわけじゃないんですけど。噂には聞いていたので」
首を振り、彼女は続ける。
「でも私、心霊研究会に来るのは今日が初めてだったから、そこまで深くは知らなくて……あれ、じゃあ」
そこで言葉を切り、先輩は俺を見上げる。つり目がちの瞳に、わずかに好奇心のようなものが浮かんでいるような気がした。
「榎木くんも何か、能力を持っているんですか」
「俺は……」
説明しようとした時、前を歩いていた部長と万堂先輩が立ち止まっている事に気がついた。廊下の突き当たり、図書室に到着したのだ。
「2人とも、ほら」
万堂先輩が手招きをし、引き戸を開ける。からら、と軽い音が鳴った。黒崎先輩の後に続き、頭を少し下げて図書室に足を踏み入れる。
入り口を左に曲がってすぐ、貸し出し用のカウンターがあった。パイプ椅子に座っていた女子生徒が俺たちに気付き立ち上がる。部長と万堂先輩を見て「あっ」と声を上げ、俺を見て「わお」と呟き、最後に黒崎先輩を見た。
「ゆっちゃん、ごめんね。委員会の当番、急に変わってもらっちゃって」
黒崎先輩が女子生徒に向かって言う。
「いーよ、気にしないで。それより七海、どうしたの?その人たち、心霊研究会だよね。……ひょっとして何かあった?」
「え、えっと」
黒崎先輩は言い淀んだ。どう説明すべきか悩んでいるのだろう。それを見ていた部長が後を引き継ぐ。
「急に押しかけてごめん。実は、織部先生に聞きたい事があって来たんだ。今いるかな?」
「織部先生?いますよ。ちょっと待っててください」
彼女は頷いた後、背後にある図書準備室の扉をノックした。失礼します、という声と共に扉が閉まる。数秒と経たずに扉が開いた。
「あらまあ、どうしたの。4人もお揃いで」
司書教諭の織部先生が顔を覗かせた。先程の図書委員の彼女に続き、カウンターの中に立つ。
「お忙しいところすみません。織部先生に聞きたい事があるんです」
部長の言葉に「聞きたい事?」と首を傾げた織部先生は、俺の隣に立つ黒崎先輩に目を向けると、合点がいったとばかりに頷いた。
「──わかった。それじゃ、みんなこっちに来て。
「わかりました」
図書委員──松村先輩をカウンターに残し、俺たちは織部先生の後に続き、準備室に入った。
*
「あの本の事でしょ」
ドアが閉まるなり、織部先生は俺たちに向かってそう言った。
「今朝、黒崎さんが見つけたのよね。深緑の装丁の……『花咲く日』だったかしら」
そう言って織部先生は溜息を吐く。
「読み手によって内容が変わるなんて、やっぱりおかしいわよね。だからあの時思ったのよ、これはあなたたち……心霊研究会に持ち込むべきだって」
そういえば、黒崎先輩にうちの部に持ち込むように言ったのは、織部先生だった。
「先生が読んだ内容は、短歌だったそうですね。詳しい内容を教えてくれませんか。覚えている限りでいいので」
部長の言葉に、織部先生は頷いた。事務机に置かれたA5サイズのノートを開き、俺たちに見せる。
「念の為、少し書き写しておいたの」
そこにはボールペンで書かれたであろう、短歌と思しき文章が4つ綴られていた。
『はれの日に 桜の道を 往く君の
なびく黒髪 初恋の音』
『花開く 熱きまなざし 想うまま
君を浮かべた 春の夜の月』
『軽やかに 胸踊らせて 歩く日々
淡きすみれの 咲く道端に』
『ひとつ隣 教室の前を 歩いては
君を見つけて 頰染める春』
「これ、昭和の時代に作られた短歌だと思うわ。多分70年代以降ね。初版もその辺りじゃないかしら。ここには書いていないけど、『ニュートラ』って単語が含まれている短歌があったの」
「ニュートラ?」
黒崎先輩が首を傾げた。部長と万堂先輩も顔を見合わせ「わかる?」「いや、聞いた事ない」と言葉を交わす。俺はニッコリ笑顔でオレンジ色の虎のキャラクターを思い浮かべた。そいつがいきなり『ニュートラくんだよ〜!』と挨拶を始めたので、想像を掻き消す。絶対これじゃない。
揃って頭上にクエスチョンマークを出す俺たちに、織部先生が説明してくれた。
「1970年の半ば頃から、若者の間で流行したファッションの事ね。ニュートラッドの略」
とにかく、と織部先生はノートを見つめる。
「掲載されていたのは、全て恋がテーマの短歌だったわ。好きな男の子について、それから彼に対する自分の気持ちについて、春夏秋冬に分けて詠んであった。……私が本を一目見た時に想像した内容と、全く同じだったのよ。さすがに文や季語までは予想してなかったけどね」
話を聞きながら、俺は先生に気付かれないよう、目線だけを動かして準備室を見渡した。
大小のファイル棚。段ボールが数箱。窓。カーテン。掃除用ロッカー。事務机と椅子。ノートパソコン。マウス。ペン立て。ブックエンド。ノート類。ファイル数冊。卓上カレンダー。織部先生。黒崎先輩。作業用のテーブル。ロール紙。多分あれがブッカー。定規。画用紙の束。カッター。カッターマット。セロハンテープ。油性マジック。ボールペン。コピー機。新聞の束。予備のコピー用紙。コルクボード。画鋲。予定表とその他。ホワイトボード。マーカー。クリーナー。ゴミ箱。新聞の束。消火器。時計。床。天井。壁。それから。後は。他に。
見落としている箇所は?ない。全部見た。見終わった。大丈夫。何もない、何もいない。ここには何も。
万堂先輩と目が合った。俺は何も言わずに小さく首を振る。万堂先輩は頷き、視線を織部先生に戻す。
図書室は無関係だ。
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